#58
まるで、失くした何かを探すように。
「どこ? どこ、おばあちゃん? いない、いないいない、いないいないいない……いない、よぉ……」
真っ赤で母親を一心に探すその姿は、まるで生まれたばかりの赤ん坊のようで。
その視線が、こちらを向く。
「あ、とおるちゃん」
子供のような呼びかけ。それにぼくは、
「……やぁ、鶫。元気かい?」
いつも通りの挨拶。それに鶫は、
「おばあちゃんが……おばあちゃんが……」
狼狽。それにぼくは、
「……落ち着いて、鶫? どうしたの? おばあちゃんが、どうしたの?」
宥めすかす。それに鶫は、
「う、う、う、うわ――――――――んっ!」
泣き出した。それにぼくは――ただ黙って、見つめること、出来なかった。
元々、楽園なんかじゃなかったんだ。
ぼくは子供のように泣きじゃくる鶫を見ながら、今までのことを思い返していた。牢獄のようにも感じていた。毎日毎日同じ毎日。中身もない。欺瞞だらけ。機械になるための訓練。青い世界。すべてがぼくらに強制を押し付けていたように感じていた。
それでもどこかで、安らぎを感じていた。
何もかも同じだということは、変化に戸惑う必要がないという意味合いも含まれていた。そのずっと同じ毎日で、自分たちは守られているような感覚も受けていた。その中に圭子さんがいて、刀耶がいて、鶫がいて、要がいて、潔子ちゃんがいて、未由がいた。それだけで、良かったとも思っていた。
みんな死んだ。みんな殺し合った。
「ちくしょう……ちくしょう……っ!」
泣けた。泣けた。涙がボロボロと溢れて止まらなかった。拳を硬く握り締めた。目を閉じ、震えながらぼくは立ち尽くした。悔しくて哀しくて切なくて泣いてぼくはこのまま蹲って世の中に絶望しながら終わりの時を待ちたいとすら、思った。何もかもが、嘘だったんだと思った。
「――――未由……」
その名だけしか、呼べない。その名前しか、真実じゃなかった。
「……透ちゃん」
嗚咽が漏れる喉を押さえ、
「――なに?」
涙を拭って目を開けると、鶫は既に泣き止み、呆けた様子で天井を、見上げていた。ぼくもそれにならい、
「星が……綺麗だねぇ」
「……うん」
本当に綺麗な、夜空。
気づかなかった。今まで。ぼくはいつの間にか未由を抱えてトンネルじみた洞窟のような場所を駆け抜け続けて、こんな場所に出ていたのか。ぼくたちの上空には天井は既になく、ただ真っ黒な夜闇と、瞬く無数の星たちが輝いていた。今までこんな空、見たことない。
たぶん、本当の夜空なんだと思った。
「……嬉しかったよ。透ちゃんが来てくれて。好きだったよ。二人のこと。いつも中庭でじゃれ合ってるの、知ってたんだ。楽しそうな二人を見てると、わたしも楽しかった。
幸せに、なってね」
そう、いつものように淡い笑みを浮かべて、赤く汚された鶫は赤い刀耶の血の池に、倒れていった。
青い世界で、ぼくは立ち尽くした。
前方に視線を向ける。そこにはぼくたちの歩みを遮る、真っ青な壁。行き止まりだった。先には、進めない。だけど――横たわる未由に、視線を移す。その顔には血の気はなく、危険な汗が滴り力ない呼吸を繰り返し、その太腿と肩から溢れる血が、全身を浸していた。
もう後戻りも、出来ない。
この、天井に広がる碧い世界が、ぼくたちの終着点だった。
「……未由」
きみの頬を、撫でる。肩から飛び散った赤い血を、拭いたかった。
「……先、輩」
未由は目を開ける。痛みに震える姿は、見ていられなかった。
「未由」
天井を見上げる。――この青い世界に、二人きりだ。
青い世界と、きみが。
「……好きだったんだと、思います」
唐突に、きみは喋り始めた。痛みに震えながらも、それはハッキリとした発音だった。
なにをぼくは、冷静に判断しているのか。
「み、ゆう……?」




