#55
思い、ぼくは仰け反りながらも踏みとどまり、突進した。その先には、呆気にとられた白衣の男の表情。そこへ右手で、殴りつけた。白衣は吹き飛び、それきり動かない。体を右へ、そこに白衣の2が。殴る。吹き飛ぶ。そこで事態に追いついた白衣の3が、こちらへ銃口を向けた。だけど距離が近い。振り返りざま銃身の横腹を殴りつけた。弾丸はぼくから見て右90度の方向へ跳び、何かを打ち抜いたようだった。
殴りつける。それでこの場に立っているのは、ぼくと岸辺だけになった。
岸辺は腕を組み、余裕綽々の態度でこちらを見ていた。
「強いわねぇ。さすがは鈎束くん」
動揺のかけらもない。対して脅威をすべて排除して優位に立っているはずのぼくは、胸中激しく揺らいでいた。
なんだ、これは?
ぼくは――どうしてこんなことが、出来るんだ?
「一は、お嬢様のお気に入りを監視する執事だった。そしてあんた自身は、ありとあらゆる状況に対応できるよう設計された汎用型万能ヒューマノイド、ってところね」
なにを言ってるんだ……この女は?
違和感。右手に、喪失感。何かが足りない。そう思って、顔の前に持ってくる。
――アレ?
なんだ? この手。
持ってきた右腕は、穴が空いていた。ぽっかりと、指で輪っかを作ったくらいの。そこで思い出した。そういえば、銃で撃たれていた。これはその時のものか。だけど――血は、どうしたんだ?
そしてその穴からは――見覚えのある青白い火花と、白黒の配線が、走っていた。
世界が崩壊する。今日だけで何度目だろう。
「う……そ、だろ?」
呆然とぼくは呟いた。パチパチとぼくの右腕は、不良を訴えている。不調じゃない。機能不良だ。だけど、動く。支障が生じるレベルじゃないからだ。痛みなんてものもない。この状況下において、不必要だからだ。
なぜそんなことが可能か。
「なんだよ、これ……」
ぼくは――人間じゃ、ないからだ。
刀耶を思い出す。凶器をまとったその体は、既に戦闘用の兵器へと変えられていた。鶫を思い出す。刀耶と動きを対応できる彼女は、神経野と筋肉に手を加えられていた。要を思い出す。あいつは、ぼくを守るためのロボットだった。
要は言った。ぼくとほか数人以外は、人間じゃないと。その時、ぼくは違うんだと思っていた。ぼくは人間だと思っていた。思考が停止する。要は言った。
――ロボットだ。
「ぼくは……ニンゲンジャナイ」
「先輩!」
首を回す。ギギギ、と――それこそ、錆びた鉄を動かすように。
未由。
「先輩、お、落ち着いてくださいっ!」
ガクガクとぼくの肩を揺さぶる未由。そう言ってる未由こそ、動揺が見て取れる。
まるで上の世界のように、青い顔をしている。
「ボクハニンゲンジャナイ」
じゃあ……きみは、ぼくにどう接するの?
がん。
「きゃっ」
発砲音。撃たれた。未由が悲鳴をあげ、身を縮ませている。視線を下げる。右腕が、もげていた。だけど痛くない。赤い血が流れない。代わりに緑のどろりとした液体が、出た。
なんだこれ?
「先輩、そ、その……」
「ボクハニンゲンジャナイ」
まるで一つのフレーズ。繰り返し口から紡ぎだされる。なにも感情が湧き起こらない。笑えない。怒れない。泣けない。感情が、死んだ。違う。感情なんてない。だって、
「ボクハ――機械だ」
「あなたは役に立ったわ」
声。視線を上げる。そこには岸辺。笑ってる。左手を腰に当ててる。右手には銃を持ってる。こちらに狙いをつけてる。まとう赤いトレンチコートと相まって、その格好はよく似合っていた。
カッコいい、と素直に思った。




