#53
自身の瞳が、見開かれた。
まるで喉から搾り出しているような、そんな切ない響きを持った声。
初めて、聞いた。
「……なにをだ?」
未由の背中は、なんだかひどく小さく見えた。考えてみればぼくは、未由と正面から向き合うことがなかったように思われた。楽しかった頃は、頭の中で描く理想像を。そして態度を変えられてからは、目線そのものを合わせることがなかった。
その姿はまるで、どこか泣いているようだった。
「天候制御装置の気まぐれか、気象庁の配慮か……馬鹿みたいに太陽が照ってる、暑い日でした。施設で私はいつものように渡り廊下を横切って、大河内先生のところに向かってました。その時です。先輩に初めて、声をかけられたのは。……私、笑っちゃいましたよ。なんの話、してるんだろうって」
そこで未由は歩き始めて初めて、振り返った。同時にぼくの心臓は、今までで最も強く、鳴り響いた。
きみが、微笑んでいたから。
「良い、天気だねって」
――それは確かに、ぼくの、口癖。困ったときの、頼りの言葉。
「なに言ってんだろうって。馬鹿馬鹿しくて、涙出そうでしたよ。だってこの青の都市はさっきも言いましたし何度も言われるたび言ってますけど、気候制御装置が働いてるんですよ? いい天気なんて、当たり前、じゃ……っ」
未由は笑いながら、お腹を抱えて目じりを押さえて、涙を堪えていた。少し、零れていた。ぼくは稼動制御可能な感情を総動員してその言葉の聞き取り内容を理解するので、精一杯だった。
「……だって、朝から何度も呼び出されるし怒られるし暑いしで、本当やってらんないって感じでしたよ? そこにそれ、ですよ? もうその場はなんとか我慢したんですけど帰ってから大笑いしましたよ。わたし、先輩には――笑わされて、ばかりでした」
「…………」
ぼくはそれを聞いて、改めて沈黙していた。未由の、幻想のものじゃない等身大の心の裡を初めて聞いて、ぼくは――
「嫌いじゃないです」
未由は笑みをほどき、居住まいを正して真剣な眼差しでこちらを見て、
「だけど、それ以上はなにも言えません」
「……そう、か」
先輩後輩じゃない。男と女としての関係を望むのなら。相手を、一人の女性として、尊重しようというのなら。その人間性を、意思を、最大限尊重しなくては、いけないのではないか、とか。ならそこにどうやってぼくの意思を潜り込ませればいいのか? とか。ならば恋というものの在り方はこの場合どうあるべきなのか? とか。様々なことを考えた上でのそうかなのかどうかは確証が、なかった。
でもすべてを伝えて考えてくれたうえでの言葉にどうこう文句をつける筋合いはぼくにはないとも、思えた。
「すいません。では、先に……」
そこまで一応の心の整理をつけていたから、気づけたのかもしれない。右手でその手首を、掴む。
ほぼ反射的に行ったが、その手首は華奢で、柔らかかった。
「せ、せんぱい……」
「伏せた方が、いい」
視線をそこに、向けたまま。
それに未由も、事態を察する。視線をめぐらせ、ちょうどぼくたち二人が隠れるのにちょうどいい岩陰を見つけ、身を潜めた。顔だけを出して、その様子を見る。
その先には、軍の設備じみたものが広がっていた。
「なん、だ……あれ?」
改めて見て、その規模に驚かされる。圧倒的に広い道幅いっぱいに、それは広がっていた。それは、もはや一つの基地といった方が近いように思えた。天井に向けたいくつもの工場のようなもの。ショベルカーや、クレーン車。そして戦車じみたもの。通路のようなところにはロケットランチャーじみたものまで見て取れる。
「……戦争でも、始める気か?」
呟きは、そう間違いでもないように思われた。ありとあらゆる場所からカンカンカンという何かを叩く硬い音が聞こえる。工場じみた建物の煙突からは、煙がたち上っている。なにかを、作っている?
「さぁ、下からもう一発ぶっぱなして」
不意に聞こえてきた声に、ぼくは言葉を失った。
――今の、は?
「しっかり消さないとね。家の破片一つ残しちゃダメよ。ここに何かがあったという痕跡そのものを、完璧に消し去っちゃってね」
!?
上には刀耶や鶫……それに生きてるかどうかはわからないが、要だって……!
「――やめろ!」




