#52
話したいことは、無数にあった。だけど、話すべきことがわからなかった。なんでこんなことになったんだろう。これから、ぼくらはどうすべきだろうか? 決して満足はしてなかったけれど、それでもあの日々は嫌いじゃなかったし、人生満たされることなんてないと思ってたから、それがずっと続くと思っていたし。
もうぼくの前には、未由、きみしかいない。
「先輩、喋らないんですね」
「え」
唐突なほどの言葉に、ぼくは間抜けな声をあげていた。足を止め、未由のほうを見る。
さっきと違い、こっちを――無感情に、見つめていた。
「普段は無意味なほど、話しかけてくるのに」
狼狽。
「それは……」
「さっきの私は、キモかったですか?」
どくん、と心臓が脈打った。ほんのり忘れようとしていた先ほどのイメージが、脳裏にフラッシュバックする。
「未由……」
「忘れてください。気の迷いです」
言って、一顧だにせず未由は正面を向きなおして、歩みを再開した。ぐいぐいと進むその背中を見つめながら歩き、ぼくは正直呆然としていた。
きみからの……サインなのか?
気になるが……正直恐さも、あった。未由、と話しかけることが、今は。
「ここ、抜けれますよ」
「あ、うん」
未由はそんなぼくに構うことなく、スタスタと歩みを進めていく。洞窟に変化はない。ただ、分かれ道のようなものが現れていた。それを未由は、右に行った。ぼくに相談も何もなく。それがいつも通りといえないこともなかったが、それ以上に――でも、今は話さない方がいいのかもしれな
「喋りませんね」
異変を、感じた。
「どうしたんですか先輩。いつもウザいくらい話しかけてくるのに」
「いや……」
なにかを、きみは伝えようと――
「私のこと、好きなんですよね」
核心――潔子ちゃんとの会話を。要を通して聞かれたことをきみは、知らない筈だ。
「いや……」
言い淀む。動揺は、正直自身ですら計り知れない。
「違うんですか?」
答えようがない。きみは振り返ることはなく、だから表情も見て取ることは、出来なかった。
「好きなんですよね?」
これは確定事項に対する、尋問。
「…………」
「なんで黙るんですか? それってズルいですよ」
ズルいか。
僕はズルいか、未由――
「ハッキリしてください」
考える。この場における的確な対応を。
「……未由はぼくが、嫌いか?」
「嫌いじゃないです」
即答。ぼくの時のような迷いなど一切ない。だけど、その答え方こそ――
「次は先輩です。私のこと、好きなんですか?」
…………ぼくは、
「答えてください」
この状況下ですらきみは振り返らず歩みを進めている。自然ぼくもそれに追随する形で歩き続けている。滑稽だ。手足は震え喉は渇き、今にも止まって、この追求から逃げ出したいと思っているのに。
「……その」
危惧。――もう、この躊躇が答えになってるのではないか?
好きだ。
そう答えるだけなのが、ひどく労力を要するというか、億劫というか、こんな形での、告白だなんて……
「早く答えてください。逃げないでください」
逃げ――
ない。
「未由、ぼくは、きみが、その……」
好き、か?
好きと答えるのか、ぼくは? それとも好きじゃないと答えるのか?
「す、す、すすすすす……」
決まらない気持ちにシンクロするように、言葉は先に進まない。そんなぼくにきみは何も言わず、ただ足を前に進める。黙るなよ。また前と、同じじゃないか。
未由。
「好きだ」
言葉の方が、口をついて出た。名前を思った途端。好きだから、好きと言わないと嘘だと思って。
「……そう、ですか」
沈黙。
沈鬱。
沈痛。
胸が、痛む。あぁ、やっぱり以前の関係には戻れ――
思い出した。そうだ。ぼくが望んだ、望んでいたのは、新たな関係だった。
子供扱いではなく、男女の。
「嫌いか?」
言葉遣いも変えて。狼狽したり顔色を窺うのではなく、正面から真摯な態度で。
「ぼくのこと、嫌いになったか?」
足を止めて。真っ直ぐ、その背を見つめて。
「少し、黙ってて……」
「黙らない」
三歩。先に進み、そしてきみは、立ち止まった。
「未由もぼくに、答える責任が、あると思う」
双方動かない。三歩の距離。それで背中と目で、向き合う。これが今のぼくたちの距離なのかと唐突に思ったりして。
「答えて、欲しい」
「…………」
念押し。それに先ほどとは反対に、未由の方が黙った。さっきはズルいといわれた。ぼくは、これ以上には押すつもりはない。再びの、沈黙。だけどさっきまでのような沈痛では――
「……昔先輩、言ってたんですよ」




