#51
不意に零れた言葉と、応えられた声。
目を開ける。ほとんどなんの抵抗もなく意思もなく、自然な動作として。
視界に映ったのは、どこまでも果てのなく広がる空洞。
「ここは……」
「地下みたいです。街の」
声。それに、顔を向ける。
未由。
「……? なにかついてますか? 私の顔に」
ぼーっ、と見ていたら横を向いていた未由はその視線に気づき、こちらを不審げな顔つきで見てきた。それにぼくは、とりあえず笑っておくことにした。
「……なに笑ってんですか? キモちわる」
ショック。この対応は間違いだったみたいだ。とりあえず未由の姿に見惚れるのはやめて、現状把握に努める方が無難のようだった。
まずは、場所について。
「え、と……地下って、いったかい? ここが」
未由は視線を周りに向けたまま、
「はい。上を見てください」
顔を上げる。声をあげそうになった。どれほどの高さがあるのかわからない遥か上空に広がる天井の、ちょうど今の自分たちから見て真上にあたる部分に、ここから見て指の先ほどの穴が空いていた。
あそこから、落ちたのか?
でも――
「悠に二、三十メートルくらいありますよね、ここから見る限り。正直私も最初見た時よく助かりましたよねとか思いましたけど、ほら、ここ」
そういって未由は、地面に手をやり、"それ"を持ち上げた。サラサラと流れるそれは、砂のようだった。
「これが、クッションになったってこと?」
「そうなりますかね。実際掬ってみてくださいよ、これ。いくらでも掬い取れますよ、面白いくらいに。まるで蟻地獄です。逆にここに吸い込まれなかったのが不思議なくらいです」
いわれ、実際に掬ってみた。そしたら実際すごかった。掬っても掬っても、底が見えない。未由のいうことがわかった。
「ハハ」
とりあえず笑ってみることにした。そしたら未由にふたたび不審げな視線で見られてしまった。再度失敗。とりあえず笑とけみたいな姿勢は、逆効果のようだ。
「とりあえず、」未由はいって、立ち上がり、視線を空間の奥のほうへ向けて、
「進みましょう」
話したいことは、無数にあった。
しばらく未由と並んで歩いてみて、わかったことが三つほどあった。一つは、この場所について。最初見た時に空洞といったが、それはあながち間違いじゃなかったようだった。ここは山の中か岩場の中の、洞窟のようだった。剥き出しの岩肌や地肌が周りを覆っていた。だが、わからないこともあった。これが自然に出来たものなのか、人工的に造られたものなのか、ということだ。いくらなんでも広すぎる。しかし作りはあらく、トンネルという感じもしない。不可思議だった。二つ目は、あの砂は最初からショックを吸収するために用意されたものではないのか、ということだ。あれからあんな砂場にはお目にかかっていない。最後は、規模について。幅も高さほどではないが、列車が二台くらい通れそうなほどに広かった。
『…………』
未由は無言で、前だけを見て歩いていく。こうして隣を歩くのなんて、初めてのことだった。背は、やはり低いのだと改めて思った。ぼくの胸まであるかどうか、というところだ。その美しい黒髪は、薄汚れてなお眩い魅力を放っていた。不意に、その頭を撫でたくなった。さっき撫でたことを、思い出した。白い美しいドレスワンピースは、裾もボロボロになっていた。まるで、巡礼者だ。
ふと、思索に走る。なんでぼくたちは、生きていられたのだろうか? あの穴に落ちたためか? ならば、なぜあの穴は空いたのか? 落ちた瓦礫が偶然空けたのか? ならばそもそもあの時点での生命の危惧は杞憂だったのか? もし違うとして、それはどうして?
それに、中央広場で闘っていた鶫と刀耶は、どうしただろうか? まだ生きているのか? 要は、あの二人が鍵だと言っていた。それは、いったいどういう意味なのか? 潔子ちゃんは壊されてしまったが、要自身はまだ、生きているだろうか?
なぜ未由は消えようと思ったのだろうか?
もしかしてまだ、その考えは変わっていないのだろうか? だとしてぼくは、もう一度未由を止められるのだろうか?
みんな、バラバラになってしまった。




