#49
声が喉から、零れる。
「み――未由ッ!?」
どくん、と心臓が鳴った。手先が痺れる。立ち上がる。足がもつれる。突然の邂逅。心も体も準備が出来ていない。ただ衝動だけで、足を前に進めた。
その白いドレスじみたワンピースは、赤い斑模様に変わっていた。
「み、未由……だ、だいじょ」
恐る恐る、腫れ物に触れるような、割れ物を扱うような気持ちで、その肩に、触れた。
それは人形のように細く、脆かった。
「――ぶ、か? し、しっかりして……」
どっくんどっくん鳴る心臓に――緊張の為か興奮のためか恐怖のためかはまったくわからない感情に翻弄されながら、仰向けにした。
久しぶりに見るこの子の顔は、死んでいるように見えた。
「! み、未由っ!?」
呼びかける。返事はない。肩を掴む。反応はない。揺さぶる。起きない。目を、開けない。
恐怖に心が、喰われる。
「み、未由! 未由未由未由未由ッ!!」
呼びかける。返事はない。返事をしてくれ。肩を揺さぶる。反応はない。反応してくれ。目を開けてくれ。目を、醒ましてくれ――!
「…………うるさいですよ」
声。
それにピタリと、ぼくは止まる。未由の体は変化ない。血濡れの白いドレス姿で、人形のように力なくぼくの腕の中に収まり、目を閉じている。よく見るとその頬は裂け、額にも引っかき傷があり、顔は血と、そして埃で汚れていた。
しかしその美しさは、ほんの僅かも翳るどころかそれすらも化粧のように、引き立たされていた。
「……み、未由?」
再三にわたる呼びかけ。だが、微かな声ではあったがぼくは確かに、未由の声を聞いた。だから、生きているということはわかった。そこでぼくの中で一時的に眠っていた臆病な気持ちが顔を出しているのを感じた。
その言葉で遂に、未由はその瞼を開けた。
虚ろで、感情が灯っていない、それこそ人形のような瞳だった。
「先輩は、うるさいんですよ……」
どっくん、と胸が鳴った。久々に味わう感覚。でしゃばり。先輩面。それに対するこの子の辟易とした想い。それにより離れた心。様々な想いが交錯する中ぼくは少ないありったけの勇気を総動員して、紡ぐべき言葉を吐く。
「……そ、そんなこと言ってる場合か! 早く逃げないと、もう、ここは――」
「子供扱いしないでください」
断じるような冷たい言葉に、ぼくの声は簡単に息の根を止められた。ダメだ。ただ真っ当なことを上から目線の口調で言ったって、この子には、届かない。
どうすれば? ぼくは窮地に立たされ、視線をめぐらせた。そこで、気づいた。
すぐ傍に、ガラクタになった潔子ちゃんが転がってた。
――そうか。
それを見て、ぼくは気づいた。潔子ちゃんは横たわり、未由とは別の意味で虚ろな視線でこちらを見ていた。その元来眼球がある場所には、剥き出しのカメラアイのようなものが取り付けられていた。左頬の皮に当たるだろう塗装も剥げて、金属のアームのような骨格も見て取れた。左腕はもげていた。背中には穴が空いていた。その両方からバチバチと、青い火花があがってる。何かチューブのようなものも見て取れた。よく見ると、腰のあたりから下は既になくなっていた。きっと潔子ちゃんは、戦ったのだ。街の中心へと向かおうとするものを妨げようとするなにかと、ぼくを要が守ったように。
ずっと潔子ちゃんは、未由に寄り添っていた。そして未由は、そんな彼女にずっとついていた。誰も寄せ付けないような空気をまといながら、潔子ちゃんに対してだけは違った。そして映像の中でも言っていた。潔子先輩だけいてくれればいい、と。その潔子ちゃんが、逝ってしまった。
ぼくが決心したように、この子……いや、きみも心を、決めたんだろう。
ぼくは潔子ちゃんから目線を外して、改めて腕の中で横たわるキミに、真剣な目で、向き合った。
夜空には、なにもかも破壊されたため覗く、ずっと望んできた満天の星が皮肉なほど美しく、瞬いていた。
綺麗だ。
「や、いい天気だね」
きみは仰向けに虚ろな瞳で、ぼくの言葉を聞いていた。ぼくも夜空を見上げた呆けた瞳で、きみに言葉を紡ぎ続ける。
「未由、元気か?」
きみの瞳が、微かに揺れた。
もう一度、呼びかける。
「元気かな? 未由」
「…………元気なわけ、ないじゃないですか」




