#47
三ッ乃未由は現在、潔子と街の奥へと向かい移動していた。
「未由ちゃん、平気? 疲れてない?」
「大丈夫」
応えたとたん、地面に足を取られ、転んだ。頭が地面を打ち、血が出た。
「……ったいな」
「未由ちゃん、無理しちゃダメだよ?」
呟きに、ふたたび声がかかる。それに膝を立て、立ち上がり、血を拭って、
「へいき」
先へ、歩み出す。
未由が歩くエリアは、刀耶と鶫が闘っているエリアよりも圧倒的に荒廃が進んでいた。もはや大地は元建造物だった残骸が為している広大な海に飲み込まれていた。人が歩く、生きる、在るスペースなど、どこにもなかった。
その中で二人が歩く道だけが、モーゼが開いた海のように何もなかった。それは何か、巨大なものを引き摺った跡のようだった。
「潔子先輩」
潔子ちゃんはそれに、笑顔で振り返る。
「なに?」
未由は俯いたまま、言葉を紡いでいく。
「……好きです」
「私も、未由ちゃんのことが好きだよ」
一際大きく尖った残骸を越えようとして、未由はふくらはぎを切った。痛みに、顔をしかめる。潔子ちゃんは歩みを止め、歩み寄る。
「大丈夫、未由ちゃん?」
「……嘘じゃない?」
潔子ちゃんの言葉には答えず、さらに未由は質問を重ねた。
「なんで?」
「プログラミングされたものじゃ、ない?」
確信をつく質問に、一秒空気は滞る。
「好きだよ。私からは、それ以外は言えないな」
返ってきたのはいつもの、優しい言葉。それに未由は、傷ついたように表情を翳らせる。
「……わたしも好きです、潔子先輩」
進む進む。既に未由は、体中傷だらけになっていた。頬も、肩も、特に足はひどく傷ついていた。小さく、頼りない足取り。それで瓦礫をうまく避けることはできなかった。進む速さも、ゆっくり。だけど潔子ちゃんは手を差し伸べることもなく、それを見守る付き合っていた。
「昔、言ってたんです。先輩が」
血が流れる足を押さえながら、未由は語り出した。それに潔子ちゃんは笑顔で頷く。その構図は、酷く歪だった。
手が差し出すことを許されない、母子のようで。
「元気か? って。いい天気だね、って。それでわたし、ちょっとイラッとして。だってこんなとこ来て、元気なわけないのに」
そして未由は、空を見上げる。その構図は、まったく同じ。いつまでも青い空。どこまでも青い空。
狂っている、偽物の空。
「でもその笑顔が、あんまり間抜けでふにゃふにゃしたものだったから、そんな意地張る気力も失せて頷いたら、妙に喜ぶんですよね。なんだかなぁ、って」
その時の未由の顔は、少し呆れているような、困っているような――喜んでいるような、複雑なものだった。
「繰り返し繰り返し言ってくるものだから、その内なんだか笑えてきて、そしたら皮肉の一つも言いたくなってきて。別に嫌いじゃなかった。悪くなかった、先輩と喋ってるのは。
だけど、地震でベヒモスの塔のことを言われて。ちょっとイラってきて、意地悪して。その時の反応を見て、気づいちゃった。わたしのこと、好きなんだろうって」
重い体を引き摺りながら、痛みに耐えながら瓦礫の街の奥に進む未由の姿は、罰を受け償おうとする、罪人のようだった。
「もう、普通には接せれなかった。当たり前だった、馬鹿みたいだった、悪くなかった空間は、もう作れなかった。だけど、先輩も少し変わって。それでわたしももっと反発してしまって。そんな自分が、もうわからなくて」
自分をかき抱くことすらせずに前に進む未由は、
「わたしはわたしを、守りたい。潔子先輩さえいてくれれば、それでいいです」
「でも未由ちゃん、この先には……」
「知ってます」
破滅に、向かっているようで。
「だからもうわたしは、いいんです。ごめんなさい、潔子先輩。だけど、お願いします。一緒に、消えちゃいましょう」
「未由ちゃん……」
ぼくはそこまで見て、より加速をつけて、駆け出した。
未由、未由、未由、未由……
何度も何度も胸のうちで、愛しいあの子の名を呼んだ。心からの願いを口にした。映像で見たとおり、道は先に進めば進むほど荒れていた。このまま中心部へとなだれ込めば、道などないに等しい。だけどぼくの心には先ほどまであった恐怖や動揺なんかの感情は、消え失せていた。いま、ぼくの心を占める感情は――焦燥。
たとえ僕のことを好きじゃなくてもいい。
ただ、生きてくれ――!
ゴトン、という音。見上げると、そこには降り注ぐ世界――教卓ほどもある、巨大な瓦礫。
「か、要!」
「任せろ」