#46
その二択に、ぼくは動揺と衝撃を覚える。そして、焦燥を。
「み、未由は?」
要は再び、今度は苦笑気味というか微笑ましげに、口元を押さえた。
「……そんなにあの子がいいか?」
顔が火照るのを通り越して青くなったのを、感じた。
「どういう意味――」
「ここがどういう場所かは知ってるだろう」
初めての断定形の問いかけに、再び戸惑いを覚える。
――この青い世界が、どんな場所かだって?
「意味が、わからない。ぼくがこの青い世界について知っているのは、世界全体が青い色彩を帯びているということと、施設やベヒモスの塔とかの設備とかの当たり前の知識くらい……」
「お前は元々、モルモットみたいなものだったんだ」
「――――は?」
ここの住人はロボットだとか荒唐無稽なことを口走ったといったら、次はこれか? なんだ、この男はぼくをたばかって何か楽しんでいるのか企んでいるのかそれとも他に狙いがあるのか? もちろんその瞳に愉悦の色や策謀の色は見て取れず、それはいつもの何事にも動じない要一の色をしていたのだが。
「実験動物だ。わざわざ言い直さなくてもわかるのは織り込み済みだがな。最初からこの世界は役目を終えれば投棄されることが確定していた。そしてそれが始まった今、お前をはじめとするここの住人に価値はなくなったということになる。逃走を選択しなければ、あるのは死、のみだ」
心臓が脈打つ。息が乱れる。汗が流れる。
まるで冗談のような居言葉の羅列。信じたくはない。だけど、一つだけ確かなことはわかる。
世界は、崩壊を始めた。
「ぼくは……未由のことが、好きだ」
気づけばぼくは、要に自分の意思を、確かなことを、伝えていた。まるで様々なことを教えられた、お返しのように。
音は背後で、ずっと続いていた。
「世界で一番、好きだ。愛してる。あの子がいない世界なんて、考えられないんだ。だけど――」
「恋愛に生きるのなら、それもまたいいだろう。だが考えろ。そこまでの価値が、あの子にあるのか?」
「…………」
言葉に詰まる。それは冷静に考えなければならないと思う。なまはかなことなら、あの子が最優先だ。
命を賭けるほどの、意味があるのか?
「代わりの子なら、見つかる可能性もあるだろう。だが、その命はそれきりだ。助かってから、そのあと考えるという手もないか?」
きっとぼくのことを考えて紡がれた言葉だったのだろう。
「……行くよ」
だけど、皮肉なことにそれがぼくの心を、決めた。
「機械になりかけてたオレは、彼女のおかげで、人で、いられたんだから。ここで逃げることは、機械になることを意味してる。ソレは今までの自分に対しても、そしてなにより彼女に対して、失礼だから。それはきっと、裏切りだから」
ぼくの元に戻った口調の言葉を、要はじっとこちらの瞳を覗きこんで真剣に、聞いていた。
「――理屈だけで行動して、後悔しないか?」
空を仰ぐ。今日も、青い。そこで初めて違和感を感じた。既に機構制御装置は、機能してないはずなのに。
息を大きく吐き、ぼくはこれまでの日々に想いを馳せた。
「生に、執着はないさ。元々オレは、そちら側だったんだから……ありがとうな、要」
最後に一言礼をいって、ぼくは駆け出す。瓦礫の街に背を向け、ロボットたちが通っていたロボット製造工場、施設へと。
「――それがお前の、選択か」
その背中に今までと声色が違う声が、かかってきた。足は止めずに首だけで、振り返る。
声が漏れた。
「要……お前」
「待っていたよ。オレはずっと。お前が、選択する瞬間を」
先ほどよりも――そして最初に立っていた瓦礫の城よりもなお高く。その高みから要は、その背中に、硬質な翼を生やして。
「――お前も、ロボットなのか?」
「少し、違うな。オレは、サイボーグだ。お前を、守護する立場のな」
守護天使、という言葉が脳裏に浮かんだ。人が生を受けてよりその傍に立ち、その者の運命、魂を守る先祖の霊。
それは未由の方だろう、なんてことを思った。
要はぼくの表情からそんな心理を読み取ったのかただいつもの癖でなのか口元を押さえ、その左手の甲を――下にスライドさせて、電子版を露出させ、そこのキーボードを右手の人差し指、中指、薬指の三本で器用に素早く何かを打ち込み、その掌を翳した空間にホログラムイメージを、投影させた。
そこには瓦礫の中に僅かに残された道を奥へと向かう未由と、潔子ちゃんが映し出されていた。
「……潔子?」
意表をつかれたぼくの声に、要が答えを述べる。
「アレが、未由の専属保護ユニット。code name:潔子。お前らには潔子ちゃんとか、潔子先輩とか呼ばれていたな」
どくん、と心臓が鳴った。二人が進む、その先にあるものは――
呟く。
「未由……何を、考えてる?」




