#45
「…………なんだよ、これ」
「ひゃは、ハハ――ヒひゃははハはハハハハハハハハハハハッ!」
形容しがたい奇怪な雄たけびとも笑い声とも取れるものを発しながら、刀耶は鶫の元に殺到する。鉤爪のようにフックさせた右の爪を、大上段に振り上げながら。
迎える鶫もまた、笑顔だった。
「いいな、楽しいな。刀耶くんも楽しいの? ならもっと楽しいな。おばあちゃん、最近元気なんだよ? お見舞いに来てよ。きっと喜ぶよ。でもその前に……わたしが、殺してあげるね!」
おおよそ意味が掴みにくい単語を並べ、叫びながら、その左手に握られた細いナイフを、振るう。
ガキン、と金属を削る音が響いた。
ゴトン、とどこかでまた建物が崩落した。
「刀耶……鶫……なんで?」
なんで、なんでなのかわからない。もっとわかりやすく言うと、なぜこの場面で生じる疑問系がなんでという形なのかが、わからなかった。他にもっと、言いようがありそうなものなのに。
鶫は振り返らない。刀耶も。お互い、お互いしか見ていない。それこそ、お互いこの世界にお互いしか残っていないかのように――
ことを、知っているかのように。だけどそれは間違いだ。まだこの世界にはぼくも、圭子さんも要も現実にこの目で見てきて知っているし、きっと未由だって潔子ちゃんだってその他姿こそ見せないけれど倒壊していない家に残っている人間たちだっているだろうし倒壊した家に住んでいた人間たちだってみんながみんなそんなことは――
「まだわからないか? この世界の仕組みが」
ぼくが真剣に悩み苦しんでいる疑問に答える、ようにではなく、遥か高みから嘲笑、するでもなくただ知るものの知らないものへの素朴な疑問を投げかけるような口調で、その言葉たちは降りてきた。
「そんなんじゃ、お前も終わってしまうぞ?」
再び二人の知り合いが殺しあう音と、世界が終わりゆく音が聞こえた。
「…………くっ」
焦りも後悔も恐怖も屈辱も、なにもかも現段階では処理能力が足りなかった。あれほど要にはいわれてきたのに。一年も時間はあったのに。ぼくが行い気をかけてきたことは、別の方向性だった。
「――未由、未由だ!」
行き着くところは、いつも一緒だった。他のどれをいわれても、ピンとこない。左脳では処理できても、心までは届かない。ならばせめて、
「探さないと。見つけないと。た、助けないと……!」
「違う、そうじゃない」
冷静さを見失いかけ、既に駆け出そうと未だ廃墟となりかけ現在進行形で廃墟となりゆく街の中心で闘う二人に背を向けようとしたところで、初めて要はぼくの心に、呼びかけた。
振り返る。
「……それは、どういう」
「お前とほか数人以外は、人間じゃないんだ」
思考が停止する。
「ロボットだ」
淀みのない口調に、戸惑いを、というより戸惑いしか、覚えない、覚えられない。
「…………まさか」
笑いたくないのに、顔は歪んでしまう。冗談なんて言われたことないくせに、創作物の中で知った友人同士による冗談の掛け合いというノリを、期待してしまう。
だけど要は、やっぱりそういうヤツじゃなかった。静かに瓦礫の城の上から、ゆっくりとぼくの立ち位置まで降り始める。
「本当さ。だから俺は、お前に託していた。ヒントは無数に、あったはずだが?」
動悸は治まらない。
「……なぜ初めから、教えなかった?」
半分ほど城から降りた瓦礫の王は、周りには一切興味を示さずぼくのことだけを、見ていた。
「お前は言っていた。この世界は牢獄でもあるが、楽園でもあると。その真意は、葛藤だ。お前はこの世界に違和感や居心地の悪さ、憤りなどの感情を抱えている一方で、この閉鎖された空間に安らぎのようなものも感じていたということだ。オレは、強制はしない。どちらを選ぶかは最後まで、お前に任せようと思っていた。まぁ結局、この時が来てしまったけどな」
最後微笑み、ぼくの数少ない友人は目の前まで歩み寄ってきた。平行な目線。対等な視線。そこで初めて気づく。勝手に相手が自分を無知蒙昧な愚民として啓蒙しているだなんて考えていたのは、ぼくの一方的な勘違いだったのだと。
「選ぶ時だ。存続か、終焉か」
いつもこの友人はぼくのことを想い、ぼくに道を指し示してくれていたのに。
「鶫か、刀耶か」




