#44
「せ、世界、って……」
「前見ろ」
言葉と同時に、体がガクンと傾いた。慌ててステップを踏み、次の足場に着地する。余所見はマズい。視線を動かさない要の行動は正しいように思えた。
「あ、ああ……さんきゅ。それで、世界の終わりっていったい……?」
「そのままの意味だ。世界が、終わる。崩壊する」
ぼくは視線を一瞬だけ前方から周辺へと、回した。
降り注ぐ、街の欠片たち。砕け散った、足場。もう人が生きていける場所は、この空間のどこにもなかった。
次の質問は決まった。
「な……なんで?」
「元々これは、決まっていた」
その表情から何かを読み取ることは、出来なかった。
「そ、それこそ、なんで?」
「言い辛いな」
久々に聞いたそのフレーズに、ぼくは取り乱した。
「なんでだよ!? 前からお前言ってたよな、言うべき時じゃないだとか! そんなこと言ってるからこんなことになったんじゃないのか? 手遅れになったんじゃないのかよっ!」
「落ち着け」
ぼくにまくし立てられても、要はいつもの調子を崩すことはなかった。
諭され、ぼくは深呼吸をして再び前方を見て崩れて穴になっている空間を、避けた。
「……オーケー、落ち着いた。で、なんだよ? 今のぼくの質問に、答えてくれるのか?」
「そうだな……」
要は一度も視線も語調も変えることなく、悠々と障害を乗り越えていく。ぼくは再び見習うべきだと、反省した。
取り乱しても、いいことはないだろうし。
「オレは何も、お前を弄ぼうとして情報を伏せていたわけじゃない。ただ、話すべき時ではなかった。その時話しても、どうしようもないどころか、プラスに働かない。むしろマイナスに働く。そういうものを、お前には伏せてたんだ」
どう返せばいいのか、わからない。
あまりに情報がない。それだけ聞いても、ぼくには反応の仕様がない。
だからこれだけ、確かめた。
「……お前はオレの、みか――仲間、だよな」
要は初めてこちらを見て、笑った。
「もちろんだ」
聞きたいことはたくさんあった。知りたい情報は無数にあった。だけどそれよりも何もよりぼくは、この男を信用して進みやるべきことをやるしかないと、そう考えた。
一年も行動を共にした、この男を。
「……もういいのか? 質問は」
「あぁ。やることをやってから、ゆっくり聞くことにした」
「そうか」
そして二人並んで、廃墟の道を駆け抜け――
ごん、という一際派手な音が聞こえた。
「え……」
そしてそれと同時に、ぼくの前方の真右のビルが倒壊し、そこから何かが、飛び出してきた。
「グ、がガが、……ガガガ」
人のものとは思えない唸り声とともに現れたのは、歯を剥き出し、開け放たれた口元からダラダラと涎を垂れ流す、両指を鉤爪状に曲げた前傾姿勢という肉食獣のような風貌をした――
「ガギ、けひ、ゲひ……ッ!」
黒い長髪の、手足が長い男――
「と……刀、耶?」
「ぎひっ」
刀耶の顔をしたその獣のような男は頭を回しこちらを見ると、一瞬だけ表情を曲げ、一足飛びに飛び掛ってきた。
しかもその右腕を、大きく振りかぶって。
「――って、マジかよ!?」
こちらも前方に転がり、回避する。あんな思いは一度で十分だった。刀耶はその鉤爪をぼくがいた空間に振り下ろし――勢いそのまま、地面に突き立てていた。
一気に血の気が引いた。
「は? ……は、は」
冗談だと思った。なんだあの爪と、腕力は? 以前襲い掛かられた時の比じゃない。というか、人間業じゃない。
刀耶が振り返り、こちらを向く。再び血の気が引く。――冗談じゃない。あんなのとまともになんてやってられない。ぼくは急ぎ傍にいた要を目で探そうとし――
再びの、轟音。
「――――は?」
視線を元の位置に戻すと、前のものをさらに凌ぐ勢いの土煙がもうもうと、そこには上がっていた。
「殺してあげるよ、刀耶くん……」
そして耳に届く、聞き覚えのある声。
「――――」
ぼくは言葉をなくして、そこを見ていた。徐々に晴れる土煙の中から現れたのは、壁に磔にされた刀耶と、それを右手一本で支えている――
「…………つぐ、み?」
「沙紀――――――――ッ!!」
刀耶は吼え、その両の爪を凄まじい勢いで振り回した。
それを鶫の顔をしたその少女は、目で確認して避けていった。右に左に上に下にと、頭を振るだけで。
人間業じゃない。ぼくは再び思った。
そして最後の爪が当たる直前、鶫の顔をしたその少女は右手を離し、後ろに飛んで回避した。
一足飛びに、五メートル近く。
もう、驚きようもなかった。