#43
そしてそれは、訪れた。
ぼくはその時三日連続の寝坊から遅くなった朝食の、ビーフジャーキーを齧るところだった。その時圭子さんは、ポットの紅茶をカップに入れるところだった。時刻は8時17分。その日も天気は、晴れだった。
ビキッ、という音が聞こえた。
デジャヴ。正確には違う。それは事実過去に一度、経験した出来事。ちょうど一年前、ぼくの世界の全てが変わった瞬間。ぼくはその時と同じように階段に向かい、二階のぼくの部屋から外を、見た。
言葉を、失くした。
道路に、巨大な亀裂が走っていた。
それは、その先に聳える無数の建造物にまで伸びており、それはそのてっぺんまで走っており、文字通り世界は、割れていた。
次の瞬間、衝撃が家を揺らした。
「きゃっ」
圭子さんの悲鳴が階下から、どこか遠い異次元の音のように聞こえた。
それは、まるで夢の中のような現実感のない光景だった。崩れていく、無数の建造物。形を成していたそれは一瞬で単なる瓦礫と化し、バラバラと道路に降り注いでいく。そしてその衝撃でさらに亀裂は、深く大きく、広がっていく。
崩壊する、青い世界。
その、只中。真っ先に思ったのは圭子さんでも部活の仲間でもなく――
「――透さんっ!」
部屋を飛び出す時、入れ違いに入ってきた圭子さんに声をかけられた。それに一瞬だけ振り返ったが――その想いを振り切ってぼくは階段を駆け下り、外に飛び出した。
家族の声を、振り切って。
「待って……待って、透さん……っ!」
もう、戻ることは出来ないかも知れないと思った。そう考えると、酷く胸が痛んだ。
外は、すごい状況だった。
「うわ……」
足場が、まともにない。道路には無数の亀裂が走り、ところどころ粉々に割れていた。次の足場を探してから走らないと、あっという間に足を引き裂かれるか、割れ目に吸い込まれてしまいそうだった。
そして視界が、圧倒的に狭い。何もかもが遠くに聳えていて広かった世界が、今は見る影もなく崩れ落ち、目の前に堆く積まれていた。質量が迫ってくる感じが、息苦しかった。
ごとん、とついさっきまでいた場所に巨大な石塊が落ちてきていた。
少しの判断ミス、もしくは運のなさで、死んでしまう。死にたくはないと、思った。
それ以上に――未由のことを、想った。
駆け出す。
「――未由っ!」
どこにいる? 無事なのか? 視線を左右に回しながら、崩れゆく街を駆け抜ける。未由の自宅の場所なんて、知るよしもない。そう考えるとぼくは、努力が足りなかったのかもしれないと思った。こういう日が来ることに、対しての。
思えば、予兆のようなものはいくつもあった。鶫のこよも、刀耶のことも、そして部活のことも。だけどぼくは結局、気づかないフリをしていただけだった。張りぼての楽園に、しがみついていただけだった。
行く先は、一つだった。最初から、一つしかなかった。ぼくとあの子を繋ぐものになんて、一つしか心当たりがなくて。
ぼくは真っ直ぐ、施設に向かっていた。
ばきん、という硬い音。
「…………!」
振り返る。瓦礫だらけで視界が埋まったその只中、そこはやたらと暗くて――
「遅れたな、透」
上から、声がおりてきた。
視線を上げる。そこには視界を覆うほどの巨大な瓦礫――を右手を伸ばして支える要が、立っていた。
「かな、め……? これは……いったい?」
「応えてやりたいのは山々なんだがな、この状況はあまりのんびりと話しこんでいられるものではないようだな」
そう言って、瓦礫をゴトン、と重い音を響かせて道路に投げ捨てた。その衝撃で、さらに道路が抉られた。ぼくは呆気にとられ、何も言えなかった。
「……なんだよ、それ。お前は、いったい……」
「おっと」
言葉の途中で要はぼくに駆け寄り――連れ去り、上から降ってきた瓦礫から、回避させた。
「あ……」
「とりあえず、この場所から離れるとしよう。積もる話は、移動しながらだな」
その見慣れた笑顔に人心地をつき、ぼくは再び施設へ向けて走り始めた。
併走する要に、顔を向ける。
「それで……どういうことなんだ?」
「どれがだ?」
苦笑する要。確かに質問を一つにまとめ過ぎた。ぼくは目の前の瓦礫を飛び越えて、
「まず……この状況は、なんなんだ?」
最優先にして最重要の質問を、ぼくは投げかけた。今までの経験から応えてくれるかどうかの確信は、なかった。
「世界の終わりだ」
とんでもない答えがあっさりと返ってくる。




