#38
事情を説明した。だけど説明してから、潔子ちゃんから聞いている可能性を思い出した。
「聞いてませんよ?」
この子は至って、冷静だった。
「でも……昨日の夜、潔子ちゃんに聞いたって……」
「聞いたのはあくまで、先輩が部活で苦労しながらも頑張ってるっていう話です」
凄く簡略で、抽象的な話だった。これじゃあ実際なにも聞いてないに近いんじゃないか?
「そっか……じゃあ、その……どうしよっか?」
「知りませんよ、そんなこと」
本当に知らないといった顔で、この子はこっちを見る。確かに今状況を知ったばかりのしかもずいぶん年下に意見を聞くなんてどうかしてると思う。
だけど、どうすればいいかもわからない。
「……心当たりとか、ないんですか?」
ちょっと呆れたような口調に、
「あぁ……そ、そうだね」
頭、再起動。思いついたのは、集合場所の2119教室、10時に潔子ちゃんが合流、12時25分に中庭で未由と――
そしてみんなの、所属教室。
今まで部活動で使ってきた教室。
「……ってところかな?」
「まだ調べて、ないんですよね」
「さすがにそこまでの時間は、なかったね……」
ざっと巡っただけでも、施設内の教室数は200を越えていた。
「じゃあまず、そこに行ってみましょう」
どちらが年下か、まるでわからないと思った。
成果なし。
「さて、困りましたね」
この子は考えてる風に口元に手を当てて俯いて難しい顔しててもむちゃくちゃ絵になるし抱きしめたくなるほど可愛いと思った。
「……なに呆けたように口を半開きにしてこっち見てるんですか?」
その言葉に、ぼくは慌てて口を閉じて愛想笑いを浮かべた。マズい。こんなに長い間この子と一緒にいたことなんてないから、思わずジロジロと見てしまう。自重しないと。
「いや、なんでもないよ……それで、これからどうしようか?」
「だから知りませんって」
同じやり取りの繰り返し。進歩がないと思う。ぼくは今度は苦笑いを浮かべて、それにこの子はため息を吐いて、
「……みなさんの住んでる家とか、知らないんですか?」
「あ……そ、そうだね」
なんだかこの子といると、ぼくは主導権をとられてばかりだと思った。情けない。
いや、違うか。部活のみんなといた時も変わらない。ぼくは自主的には、動けない人間だったんだ。
「一応、知ってるけど……」
「当然まだ、行ってませんよね?」
「まぁ、考えてもなかったしね……」
「考えてくださいよ」
もっともだと思った。
「じゃあ次は、そこに行ってみましょう」
まさかこんな短期間に再び青い街を巡ることになるとは思ってもいなかった。
未由と二人で、並んで動かない歩行者用エスカレーターを歩く。日は天に昇り、一番暑い時間帯に。
「暑いな……」
手の甲で一度、額を拭う。徐々に上がってきている気温に加え、この時間帯、しかも今回は最初と同様にすべての家を回る可能性がある。慣れてきたこの体でもこの強行軍はかなり辛いものになるだろうことが容易に想像できた。
「確かに、暑いですね……」
その言葉に、ぼくは隣を見る。
未由が隣を、歩いている。
ぼくの隣を、歩いている。そしてぼくと、話している。こうしてぼくと、同じ目的地に向かっている。
「……だから、なんですか? ジロジロこっち見て」
「あ、いや、その……」
目を逸らし、ぼくは考えた。
――これって、いわゆるその……デートってことに、ならないか?
「……今度はニヤけてる」
未由の呟きが耳に入ったので、ぼくは顔をシャンとさせた。この状況を楽しんでるだなんてバレたら、めっちゃ怒るんだろうな。
――それもそれで、見てみたい気がする。
横目で今度はバレないようにこっそり、その姿を盗み見た。
凛とした、あまりに造詣が整った顔。
――怒らせてみたい。
「そういえば先輩は……」
今度は顔を前に向けたまま、未由が言った。それにぼくは慌てて顔を前に向けて、
「な、なに?」
「部活動は、楽しいんですか?」
難しい質問だった。
「……楽しいかといわれると、難しいね。正直……心躍るほど行くのが楽しみかといわれると、そうでもないし」
空を見上げる。青いそれが、ほんの少しはぼくの心を慰めてくれる気がした。
「結構、きついけどね。想像してたのと全然違うし、自分の嫌な部分と半強制的に向き合わされるし、自分の時間を使われてやりたくないこともやらされるし……」
言葉を切る。未由は黙って歩いていた。
「だけど――楽しくないかといわれれば、そうでもない気もするよ。刀耶や喋らないし、鶫は空気読まないし、要はかっこつけだし、潔子ちゃんはなんでも仕切っちゃうけど、それでも……寂しく、なかったからね」
本音かどうかは、わからない。