#39
だけどぼくの口からは、そんな言葉が自然と出てきていた。そんな風に思ったことなんて、ないはずなのに。
「なんだか、複雑なんですね」
未由のあまりにストレートな感想に、思わず肩の力が抜けてしまった。
「そう、だね。複雑だね。発案者の要はいつまで経ってもなんのためにこんなことやってんのか教えてくれないし、面倒だと感じることもあるけど、それがあるから……また今日も始まったんだなって、思えるし」
「よかったじゃないですか、いいお友達に恵まれて」
その言葉にぼくは、少し考え込んだ。
「友達……」
そんな風に考えたことは、なかった。ただの話し相手とか、よく考えればこれといった呼び名で呼んだことはないように思えた。
そういえば要は部活を始める前に仲間とか、そんな風に呼んでいたような気がするが。
「友達じゃないんですか?」
未由の質問にぼくは、
「そう……だね。友達、だ」
思わず未由を見る。
未由は――どうなんだろう?
知り合いというレベルではないと思う。仲間とも違う、共に何かを目指しているわけでもないから。友達……という柄でもないような。
出来れば恋人といきたいところだったけど、もちろんそんなんじゃまったくないし。
「ぷっ……くくく」
なんて思案をめぐらせてたら、とつぜん未由が吹き出し、笑い始めた。それにぼくは、眉をひそめる。
「未由……?」
「くくく、く……先輩、なに考えてるのか、丸わかりですよ?」
「ぅえ?」
声がひっくり返ってしまう。丸分かりって……それって恋人といきたいけどそんなんじゃないとか考えていたことがバレたとかそういう――
「ぷぷっ……私のこと、友達でもない知り合いでもないとかで悩んでるんでしょ? 心配しなくても私も先輩のこと知り合いとも人間だとも思ってませんから、安心してください」
ぴきっ、と青筋が浮かぶ音がした。
「ほ……ほうほう、そうか。お前はぼくのことを知り合いどころか人間としてすら見てなかったのか、こうして隣で会話しながら歩いてるっていうのに?」
「なに言ってるんですか? 私は一人で潔子先輩の家に空に向かっいながら普段の生活の愚痴言ってるだけですよ。あー、今日も複雑でたいへんだー」
「……あてつけかよこの野郎」
「私野郎じゃありませんけど? 花も恥らう乙女です」
「返事してんじゃないか」
「あー、私って乙女だなー」
どうしようもねー。
ぼくは思わず、思った。そして、思わず笑みを浮かべていた。それで、気づく。あぁ……この感覚、懐かしいな、と。
「本当の乙女は自分のことを乙女だなんて言わないんだよ」
「なんか幻聴が聞こえるー、モテない人のひがみが聞こえるー」
「誰が冴えないんだよ」
ひらひら後ろに舞う髪の毛を捕まえる。それでピン、と首がのけぞり未由は髪の付け根を押さえて、
「きゃーきゃー、へんたいへんたーい」
もうなんか別にどこにも着かなくていいと思った。
ずっとこの楽園で、未由と戯れていたかった。
「きゃー……あ、着きましたよ。先輩」
だけど時と未由は残酷に、その訪れを告げてしまった。
「え……あ、ここが」
手を放し、見上げる。
「はい。ここが、潔子先輩のご自宅です」
特に変わりはない。その他の超高層ビル。その前に、ぼくたちは気づけば立っていた。
「……何階?」
「29階です」
玄関を越え、セキュリティコードを未由が打つのを待ち、エレベーターに乗り込んだ。それまでじゃれ合いどころか一言も会話はなかった。
緊張していた。三重の意味で。
潔子ちゃんに会えるか、ということ。会えたとして、人の家に無断に乗り込むこと。そして何が起こったのか、知ること。
「…………」
緊張感に、エレベーターの中ではパニックになりそうだった。顔を上げて、未由を見た。その顔を見ると、少しだけ安心した。
ドアの前で、未由はインターフォンを押した。
「はーい」
心配する暇もなく、潔子ちゃんの声が応えた。
そして続く、パタパタという足音。
どくん、と心臓が脈打った。いた。とりあえず。となるとあと二つの危惧、知らない人間の家に上がるということと、その真相を知る必要があるということ。それに――
「……潔子先輩?」
様子がおかしい。ぼくは未由の後ろから、その様子を覗き込んだ。
「どうかしたんですか、潔子先輩?」
未由の呼びかけに中の潔子ちゃんは、
「ごめんね、未由ちゃん。ちょっと私いま、取り込んでて、外に出られないの。ここからで悪いんだけど、用件だけ教えてくれないかな?」
意外だった。




