#37
それに興味を持ち、一目見てみたいと思っていた。だけど、そこにいるのかどこに住んでるのか手掛かりすらない。だから見れるなら、ぐらいにしか思っていなかった。
見れたきっかけ――というか会ったきっかけは、確か岸辺の紹介だったはずだ。みんなに、私の知り合いの、とか言ってたと思う。岸辺なら。
仲良くなったきっかけなら、ハッキリと覚えている。
一度だけ。たった一度だが、岸辺の発案で旅行に行ったことがあった。それにはぼくと岸辺と、要に、岸辺の知り合いが十数人が集められた。
その中に、未由の姿もあった。
旅行といっても、この青い街を出たわけじゃない。向かった先は、ぼくの家から反対側の、施設があるのとは逆位置にあたる西のはずれだった。その頃は当然歩行者用エスカレーターも機能していたので、ほぼ街を横切っているにも関わらずわずか25分の道のりだった。
そこに他の場所と同じように立つ無数のビル郡の一つ、ぼくたちは連れ添って入っていった。そしてエレベーターを使い、上へ。ぼくはこれっきりだった。施設と住居以外で、建物の中へと入った、経験は。
目的のフロアは、広かった。それはもう、人が100人ゆったりと眠れるんじゃないかと思えるくらい。
そこでぼくたちは、ご飯を食べて、そのあとは自由だった。本当に何もなかった。だだっ広いだけで、真ん中に上がってきたエレベーターがあってあとは白いむき出しの床と外を見下ろせるガラス張りの窓だけの部屋で、ぼくたちは放置された。ほとんどの人間たちがなにをするでもなく、中央で右往左往していた。それも当然といえば当然だった。命令されることになれすぎていたぼくたちは、自由なんて戸惑うだけのものだった。
そんな状況に岸辺は腕を組んで、ぷりぷりと怒っていた。なにかあてが外れて不満といった、そんな様子だった。
そしてぼくは、未由を見た。
ぼくのその時の様子も、他と五十百歩といったところだった。どうしようか思っていたが、それで動揺まではしていない。別に不安というほどでもないと思っていたから。岸辺も、要もいるし。配られたお弁当も美味しかったし。
不満なんて、何もなかったし。
視線を巡らせていると、不意に未由の姿が目に入った。あ、未由だと思った。十数人もいる中で、すぐにわかった。意識してなくても、その姿はやはり神々しさを伴うくらい、完成されていたから。
未由はぼんやりと、窓際に立って空を見上げていた。
そういえばあの時も、あの子は空を見上げていた。
「この空に、なにがあるっていうんだ……」
ぼくも足を止め、空を見上げてみた。そこには地上と寸分変わらない色素を保った空がぼくを見下ろしていた。
今日中庭で、聞いてみようと思った。
教室には、誰もいなかった。
それに正直ぼくは、動揺を隠せなかった。時計を見る。壁にかけられたそれには、8時15分の表示。
いつもと同じだった。
なのに誰も、そこにはいなかった。
「…………なんで」
ぼくは思わず、呟いていた。理由がわからない。誰もぼくに、こんなことがあるなんて、教えてくれなかった。
なぜなんだろう?
考えるしかない。それしかぼくには、残されていない。昨日まで、ここには要がいた。一昨日までなら鶫と、刀耶もだ。それが今日は、だれもいない。そこでもう一人。ぼくは遅れてくる人間のことを、思い出した。
だからとりあえず、10時まで待ってみることにした。
「…………」
ぼんやりしていても、埒が明かない。とりあえずいつもの席に、着席しておくことにした。教卓の前まで歩き、椅子を引く。そして腰を、下ろす。
急に、嫌な予感に急き立てられた。
予兆がまったく、なかったわけじゃない。それを思い出していた。今日は朝から珍しく圭子さんにからかわれたから、それで未由との最初の出会いとか色々思い出していたから、忘れていた。
鶫が、泣いていたんだ。
それを潔子ちゃんが、慰めていた。
あの刀耶ですら、考えていた。
ひょっとしたら事態は、ぼくが考えているよりも深刻なのかもしれなかった。もしかしたらぼくが知らないところで、いろいろなことが動いているのかもしれなかった。それを考えると、怖くなった。
時計を見た。8時19分。まだ4分しか、経っていなかった。
10時になっても、潔子ちゃんは現れなかった。ぼくの危惧は、どうやら現実のものになりそうだった。
フラフラと、施設内を歩き回った。一階、二階、三階、四階、五階、六階、北棟、東棟、西棟、前庭、化学実験室、食堂、そしてありとあらゆる無数の教室、そして――
その三分の一ほどを回ったところで、ぼくは中庭に向かった。無表情だった。独り言もいわなかった。物思いにもふけらなかった。ぼくを構成する何もかもが、凍り付いていた。
正直中庭に行くのも、怖かった。
12時25分。
未由が、通りかかった。
「あ…………」
「ん? どうしたんですか? 先輩」
未由が振り返る。そして小首を傾げる。ぼくと目が合う。
それだけで、ぼくの中で止まっていた時が、動き出した。
「……しょうじき、」
ぼくは未由に歩み寄り、
「あんしん、した……」
その途中で、へたり込んだ。
「せ、先輩?」
それをこの子は、怪訝な声を出して見下ろしていた。




