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青い世界と、きみが  作者: ひろい
なぜ青く、なぜキミなのか?
37/61

#36

 二日連続で、起きるのが遅くなった。

 だるいな。ぼくは正直思った。今日ほど施設に行きたくないと思った日はない。うまくいかない人間関係。言葉を発せば失言となり、行動すればそのまま後悔に繋がる。自信はそのまま恥へと転移し、なにもかもが裏目に出る。

 これ以上誰も、そしてぼく自身も傷つけたく、傷つきたくなかった。家から、部屋から出ないで、ただ穏やかに過ごしたかった。

 だけど――

『………………今日、来ませんでしたね』

 そう、たっぷりタメを作って呟き、そしてぼくの愚痴に慰めの言葉を送ってくれたあの子のことが、頭を過ぎって離れない。

 また今日も行かないということは、それこそが裏切りになるのではないか。

 そしてそれよりなにより、ぼくはあの子と会いたかった。

 言葉を、交わしたかった。

 笑顔を、見たかった。

「…………おりるか」

 昨日とおんなじような台詞を呟き、ぼくは階段に向かっていった。

「透さん、今日もお疲れのようですね?」

 圭子さんがぼくの顔を覗き込んだ。今日もぼくはどうやら酷い顔をしているらしい。というと、昨日もぼくは酷い顔をしていたのだろうか?

「いや、そうでもないですよ? あ、このにしんの煮付けすっごい美味しいですね」

 ぼくは誤魔化す意味も込めて、食卓の端に並ぶ鰊の缶詰に箸を向けた。今更だがベヒモスの塔が崩れて最大の落ち度は、圭子さんの手料理が食べられなくなったことだと思った。あのふわふわの卵焼きがまた食べたい。

「そうですか? まぁ確かに配給品は品質は一定していますけど……こんな生活が、いつまで続くんでしょうね?」

 なにげない圭子さんの一言だったが、ぼくは数瞬考え込んだ。

 ――いつまで続くどころの話じゃ、ない。

 この世界は、ゆっくりと滅びていってるじゃないか? それが圭子さんには、わからないのか? いつか改善されると、そんな浅はかなことを考えているのだろうか?

「そういえば昨日は透さん、お楽しみだったんですか?」

「ぶぅっ!!」

「きゃ」

 生まれて初めてかもしれない。ぼくは口に含んだ食物を、思い切り食卓の上に噴き出してしまっていた。

「な、なにを言って……」

 ぼくがむせながら尋ねると圭子さんは、

「あら、違いましたか? だって昨日の可愛い娘、彼女さんでしょ?」

「――――」

 絶句。

 …………でも、確かによく考えればあんな夜更けに異性の家を訪ねてくるなんて普通じゃないかもしれなくて、しかもそれが初めての人間で、その上そのまま外になんて出てしまえば圭子さんがそう考えるのも無理ないことかもしれなくて――

「でも昨日の女の子、本当にちょっと信じられないくらい可愛い娘でしたね」

 ぼくが飛ばした食物の残骸を拭きながらの圭子さんの言葉に、ぼくは再び動揺した。

「で、ですか……ですよ、ね」

 照れ半分というか知り合いを露骨に褒めてもアレなので否定しようかと思ったが、その目論見は見事に失敗した。

 無理だ。未由はあまりにも、美しすぎる。可愛すぎる。

 アレを可愛くないなんていうのは、神に対する冒涜だとすら思える。

「あんな可愛い子がいるんだ、なんてちょっとした驚きくらい覚えるくらいでしたよ。それに照れ屋で声も小さくて、モジモジしてて愛らしくて」

 ……あの不遜暴力娘、小さな声でモジモジ?

「よく手懐けましたねぇ、透さんも隅に置けませんねぇ」

 違和感と共に、目の前で活き活きしている圭子さんを見ていた。なるほど、圭子さんはこういうことに関心があるのか。覚えておこう。そして今後はよく注意して行動することにしよう。

「それで、あの子とはどういう風に知り合ったんですか?」

 追求まで始まった。さすがに居心地の悪さを感じてくる。

「あの、その……あ、そろそろ部活の集合時間なので、失礼しますっ」

「あ、透さんー」

 ぼくは圭子さんを振り切るように朝食を切り上げ、玄関に向かった。そこでふと、気づいた。

 不思議だった。別に恥ずかしいことでも、ないはずなのに。


 施設に行く道中、ぼくは未由に会った時のことを思い返していた。

 一番最初の印象は、残念ながら創作物によくあるような衝撃的なものではなかった。だからよくは覚えていない。ちなみに未由のことは、要と――岸辺から、聞いていた。

 要は、難しい子だと言っていたと思う。

 岸辺は、人生観変わるくらい可愛い子よと言っていた。

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