第33話 家族偏愛 殺人
雪が解けて少し暖かくなった。
この頃になると私は人間の街へ戻る事を完全に忘れていた。
というより、戻っても私の居場所なんてどこにもなかった。
それなら何故か私を受け入れてくれたこの狼達と一緒に暮らす方が楽だし安全だと考えた。
私は洞窟の中で過ごす間に、このヴィリシーズという狼の家族に名前を付けていた。
孤児院にあった本の『幸福の温度』という本に出てきた幸せな家族が丁度五人だったので、その名前を拝借した。
父親の狼はムー、母親はユー。子供はそれぞれアン、ミン、メイと名付けた。
当然だが初めは名前を呼んでも理解してもらえなかったが、名前を呼びながら撫でまわすうちに賢い狼達はそれが自分の名前なのだと認識していったように思う。
私は洞窟の外へ出た。
青く茂る美しい世界に言葉を忘れた。
暗い洞窟の中で数ヵ月を過ごした私にとってはあまりにも眩しかった。
私は狼達のエサになった人間から拝借した装備一式を身に着けてアン、ミン、メイを従えて森の探索に出た。
厚い毛皮に綿の服、ゴワゴワした素材のズボンに硬い皮靴。そして何かを殺す事に特化した分厚いナイフ。
サイズはナイフで切り裂いて無理やり合わせた。
それでも靴はぶかぶかだったがないよりはましだった。
私達はアンの先導でまず近くの小川に行った。
冬の間は外の雪を水筒に入れて溶かして飲んでいたので、この小川を見るのは初めてだ。
その澄んだ小川の水を飲むとなんだか生き返った気がするほどに美味だった。
その後私達は巣穴の周りをぐるりと回る。
まだ少し雪が残っている森には、食べるものが少ない。
だが幸運にも近くに生えていた木はレシゴの木で雪の間に果実をつける珍しい木だ。
私はその実を一つもぎ取って口に運ぶ。
強烈な酸味の後に少し甘味がやってきた。
美味しくもないが……食べられないこともないという感じだ。
私はそのレシゴの実をいくつか採集して巣に戻った。
巣に戻ったら、まだ寒かったので暖をとる。
少し大きくなった子供の狼達を三匹まとめて抱きしめる。
そして鼻っ面を思いっきり舐める。
すると、子供達は嬉しそうな声を上げて私の顔を舐め回す。
私は洞窟で過ごす間にヴィシリーズの愛情表現を習得していた。
一通り舐め終わったら三匹と一緒にお昼寝の時間だ。
雪で外に出られない間に人間の服をかき集めてベッドを作っていた。
アンは先に移動し腹ばいになり、枕はここだと言わんばかりにはぁはぁと息を荒くしていた。
ミンとメイは私の足元に纏わりついて早く私が横たわるのを待っている。
私が横たわるとミンとメイは私に飛びつき嬉しそうな表情をする。
アンがこの子達のリーダーでミンとメイは甘えん坊な弟分ポジションに落ち着いていた。
お昼寝をしているとズーーという物音で目が覚めた。
私はアンのお腹をゆすって起こす。
目の前にはムーとユーが人間をひきずって持って帰ってきていた。
後でわかった話だがこの辺は高価な傷薬である『命治草』と呼ばれる草が一年中群生していて、それを求める冒険者が通い詰める場所であった。
だからこの狼達は年中餌に困らず、結果として私も命を繋げた訳だ。
ムーとユーは私の前に人間を転がすと伏せをして待ちの体制を取った。
人間の慣れとは恐ろしいもので私はもう人間の死体に慣れ切っていた。
どれくらい慣れていたかと言うと、死体が食い荒らされる隣で食事ができるくらいにはなっていた。
完全に倫理感と道徳心が崩壊していた。
壊れていく人間を見てもどうも思わないし、むしろ人間の死体を見たら服と持ち物が気になるという具合に当時七歳の少女は壊れていた。
私は慣れた手つきでその死体から服と装備を剥ぎ丸裸にする。
そしてカバンの中を物色する。
貧相なナイフ、干し肉、水、命治草が入っていた。
私は干し肉と水をカバンに残し、ナイフと命治草を洞窟の外に捨てた。
ナイフは子供達が踏んだら危ないし、使いやすい大きなナイフとその予備は既にある。
命治草は一度食べたことがあるが苦いだけの草だった。
私にとっては無価値に等しい。
捨てるついでに水筒に水を補充して戻ってきたら、既にご飯の準備が整っていた。
ムーとユーが人間の前で待っていて、子供達はさらに後ろに控えている。
狼にはしっかりした序列があり、まず親の狼が食べた後、子供達がそのおこぼれを頂くのだ。
人間の生肉は流石に食べれないので、私は隣に座ってレシゴの実と干し肉を食べた。
こうしてゆっくりと私の新たな日常は流れ始めた。
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雪も完全に溶け鮮やかな色の花の蕾が森を彩り始めた頃、私は初めて人を殺した。
特に罪悪感も何もない。生きるための殺害。
家畜を人間が殺すのと一緒。
始まりはムーとユーが子供達に狩を教え始めた事がきっかけだった。
当然ムーとユーも子供として私にも狩の仕方を教えようとした。
だが、狼達が本気で移動すると私はすぐおいて行かれた。
あたりまえだ。
私は人間でしかも八歳になりたての頃だ。
とても狼と同じ狩り方ができるわけがない。
だけど、私は仲間になりたかった。本当の家族になりたかった。
一緒に狩をしてご飯を食べる。
そんな対等の家族に憧れた。
だから私は必死に走った。
必死に走って走って走って……。
そして人間に見つかった。
冒険者姿の人間は私を見て驚いていた。
森の奥地、狼達の縄張りの中にこんな子供がいたらそれは驚くだろう。
きっと今の私ですら驚き助けるだろう。
その冒険者も私を見て声をかけてきた。
危ないよ。こんなところでどうしたの?
女の冒険者だった。
私はそれに答えなかった。
ただ、女の目を見た。
そんな私を見て女はゆっくりと近づいてきた。
怖くて怯えてるように見えたのだろうか。
その冒険者の女は私と目線を合わせようと膝を折る。
躊躇なんて無かった。
女が片膝を付くタイミングで私は隠し持っていたナイフを首に突き立てた。
女は血を拭き散らしながらパクパクと口を開く。
私はすぐにナイフを引き抜く。
女は横に倒れた。
私の最初に抱いた感情は『私にも出来た』だった。
狂っていた。
私は八歳にして既に道を外れていた。
すぐに、ムーとユーがやってきた。
私が殺した獲物を見て、ムーもユーもどこか誇らしげな顔をしている気がした。
私も二匹の顔を見て嬉しかった。
私にも出来たんだよと言って自慢したかった。
そんな私の頬をムーとユーは両側から舐める。
私も嬉しくて舐め返した。
初めて人間を殺した私の感想は『嬉しかった』だった。




