↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/38

第32話 家族偏愛 ヴィシリーズの家族


 私は死んだのだと思っていた。

 目の前は真っ暗闇で何も見えない。

 これが死んだ後の世界なのかと……。


 「あああぁぁぁぁぁぁ」


 私は暗闇の中、背中の火傷の痛みで目を覚ました。

 死んではいなかった。

 痛い。ただただ痛い。

 私の両手は無意識に何か硬い物を握りしめていた。


 背中が痛い。

 

 お尻の少し上と肩甲骨付近の痛みが凄まじく私はうつ伏せ状態のまま身動きすらできない。

 

 私は声にならないうめき声をあげながらひたすらに耐え続けた。


 



 

 その痛みにひたすら耐え続けていると、視界が明るくなってきた。

 日が登り始めたのだ。


 日の光に照らされて周りの状態が少しづつわかってきた。


 どうやら私は浅い洞窟の様な場所にうつ伏せの状態で倒れているらしい。

 両手に握った硬い物は岩だった。


 首だけを回して、洞窟内を見渡す。


 狼がいた。


 真っ黒の狼。頭の上にヴィリシーズLV43と書かれた狼が私を見つめていた。

 

 そしてその狼は私の目の前までやって来た。 

 食べられるとそう思った。

 孤児院で読んだ本に狼は人間を食べると書いてあった。

 私の頭の中はそれでいっぱいだった。

 

 食べられる。私は餌なのだ。

 そのために、ここに運ばれたんだ。

 結局死ぬ運命なのだ。


 そう諦めた。



 ヴィリシーズという名前の狼が私の顔の傍までやってきた。

 頭に嚙り付かれて死ぬ。

 そんな未来しか見えなかった。


 私は泣いていた。

 涙が、両目から流れて視界がぼやける。

 ひっくひっくと喉がひきつる。

 

 孤児院ではあまりのショックで流れなかった涙がこのタイミングで堰を切ったよう流れ始めた。

 

 私はもう我慢できなかった。

 背中の痛みと寒さ、恐怖。全てがごちゃ混ぜになって私に襲い掛かってきた。

 私は声を出して泣いた。

 仰向けのまま、顔をゆがませながらひたすらに泣いた。


 そんな私の様を狼はただ眺めていた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 

 私は泣きに泣いた。

 体中の水分を全て流す勢いで泣き続けたが、それにも終わりがきた。

 涙は枯れて、私はぐったりと顔の左側を冷たい地面に下した。


 諦めた。


 私はただ目の前の岩を見続けた。

 もう何もできない。

 背中も痛い。寒い。怖い。もういっそ死んだほうが楽だと思い始めたのだ。


 そんな私に狼はまた一歩近づいた。

 私は目を閉じた。

 終わった。

 目を閉じたその暗闇にマールが「アイナ! 逃げろ!」と言って地面に横たわっている姿が浮かび上がった。


 ごめんね。マール。無理だったよ。私はそう思い最後の時を待った。


 だが、その次に私を襲ったのは頭を噛み砕かれる激痛ではなく、頬をなぞる生暖かいザラザラとした感覚だった。


 そのザラザラとした何かは私の頬を何度も何度もなぞった。

 私は目をぎゅっと閉じながら、その感触を受け入れ続けた。




 「クゥーンクゥーン」

 その感触がなくなったかと思うと私の耳は弱々しく鳴くそんな狼の声を捉えていた。

 私はゆっくりと目をあけた。


 さっきの狼よりももっと小さな小柄な狼が私の鼻先にいた。

 


 子供……?



 私はゆっくりと視線を子供の狼の上に持ち上げた。

 

 ヤングヴィリシーズLV3と書かれていた。

 その数字が何を示しているのかはその時理解できなかったが、数字が小さい事と見た目が小さい事で子供なんだと頭が理解した。


 「クゥーンクゥーン」

 子供の狼は私と視線を合わせながら弱々しく鳴いた。


 なんとなく、慰められている気がした。

 そして、何故子供の狼に慰められているのか意味が分からず、私は笑った。


 背中は痛いし、寒い。でも恐怖からは解放された。

 

 

 きっとこの狼が私の頬を舐めていたのだろう。お返しとばかりに私は顔を持ち上げてその小さな狼の鼻舐めてやった。

 

 すると、この小さい狼はさらにお返しと私の頬っぺたをべろべろと舐めだした。

 それが妙に心地よくて、私は右手を必死に伸ばして狼のお腹を撫でた。

 そんなよく分からないやり取りをしていると、急激な眠気がやってきた。

 

 そして、私はその欲望に打ち勝つことが出来ずに眠りに落ちた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 次に目を覚ました時も、目の前にはあの小さな狼が目の前にいた。

 私の首の上に被さるように、乗っかっていて少し重かったが、でも暖かかった。

 小さい狼は薄く目を開けながらトロンとした表情で私を眺めていた。

 

 日の光が眠る前よりも強くなっていた。


 お昼頃だろうか、洞窟内もかなり明るくなっていて、そして暖かかった。

 

 初めは日の光で暖かくなったのかと思ったが違った。

 両手を地面について体を少しうかせて左側を見ると、大きい方の狼がいた。

 そして反対側を見ると、そちらにも大きい狼がいた。

 どうやら私は大きい狼に挟まれていて、首の上には小さい狼を乗っけていたらしい。

 また、私の両足には絡みつくように暖かいものが乗っていた。

 

 五匹?


 この両足のを一匹づつと数えると五匹いることになる。

 親が二匹の子供が三匹かな?

 私はそんな事を考えていると、自分の異変に気付いた。


 背中の痛みが消えていた。

 痛くないし、もう寒くもなかった。


 私は恐る恐る背中に手をもっていった。

 

 …………?


 手には何かブヨブヨとした感触があったが、自分の背中には感覚が無い。


 その不思議な感覚に私は首を傾げた。

 痛みが無い、というよりも麻痺して感覚自体がなくなってしまっていたのだ。

 

 肩甲骨とお尻付近の皮膚の痛みもなくなっていたが、こちらは触っている感覚が伝わってきた。

 

 後々調べてわかった事だが、このヴィシリーズという種の唾液には傷を治す働きがあるらしく、アルペガでは高級な薬として稀に取引されることがあるらしい。

 だがこの薬の効果をもってしても、火傷の痛みが消えるには二日はかかるらしいから、私は大体丸二日寝ていた事になる。


 

 うつ伏せ状態のままで数日過ごした私の体は凝り固まってガチガチだったが、ゆっくりと体を起こす事には成功した。

 その際に足に乗っかっていた二匹の子供狼が地面に転がって目を覚ました。

 

 そして、私はそのままゆっくりと背中を洞窟の壁に預けた。

 痛みはなかった。ただ、背中の半分以上に岩の壁にもたれかかっている感覚もなかった。

 

 座ってみると、凄く楽になった。

 ゆっくりと手を上に伸ばしてみた。こうすると、背中の筋が伸びて気持ちいいはずなのだが、やはり感覚がなかった。

 だが、この時はそんな事どうでもよかった。

 生き延びた。そんな実感が湧いてきて、また涙を流した。


 私が涙を流していると、大きな狼が私の頬を舌で撫で上げた。

 そうされてまた、私は泣いた。


 泣いて、舐められて、泣いて、舐められてを繰り返し、泣き疲れた時に私のお腹の音が洞窟の中に響いた。

 喉もからからだった。


 まずは、喉を潤すために私は四つん這いで洞窟を出た。


 洞窟から出ると一面雪化粧で凄まじく寒かった。

 その時に初めて私がパンツ一枚しか身に着けていないことに気が付いた。

 すぐに引き返そうとしたが、喉の渇きが寒さに勝った。

 私は目の前の雪を手で掬い取り口の中へ流し込んだ。


 冷たい。でも美味かった。

 今まで食べた何よりも美味しかった。


 私はその行動を何度も何度も繰り返し喉を潤した。


 

 喉の渇きが収まると、お腹の減りが酷くなった。

 

 私は洞窟の中に戻り、日の光だけを頼りに何か食べるものを探した。

 

 だが、残念ながら何もなかった。


 私は諦めて、また洞窟の壁に背中を預けて座った。

 

 すると小さい狼が三匹私にじゃれついてきた。

 一瞬で冷えてしまった体をこの小さな狼達が暖めてくれる。


 なんだかそれがすごく幸せな事に思えた。

 私は小さい狼を三匹まとめて抱きしめながら、頬ずりして、この幸せをかみしめる。

 狼の方も私のむき出しの体をベロベロと舐め回した。

 くすぐったいだとかm体がべたつくがそんな事何も気にしなかった。

 暖かさを求めて私達は体と体を寄せ合っていた。


 すると私は大きい狼二匹の姿が見えなくなっていた事に気づいた。

 どこにいったのだろう? と考えてみたが、考えたところで答えなんて見つからなかった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 


 数時間程すると親狼二匹が返ってきた。


 獲物と一緒に……。


 「ひぃっ」


 私はその光景を見てこの浅い洞窟の一番奥の壁にへばりついた。


 それは人間だった。


 人間だったモノだ。



 見覚えの無い形……。手と足はあったが首から上が引き千切られたようになかった。


 その歪な形を見ると、あの夜の首から下だけが椅子に座っているアミスを思い出してまた、胃液がこみ上げてきた。

 

 私はそれをギリギリで飲み込んで目をそらした。


 私のそんな態度を無視して、子供の狼三匹はとても喜んで洞窟内を駆け巡る。


 頭の中にやっぱり人間を食べるんだという恐怖が小さく湧き上がる。

 私はそんな光景を見ていられずに、壁に顔を押し付けた。

 岩の壁から伝わる冷たさが私の気持ちを落ち着けてくれたような気がした。


 だが、結果としてその後に吐いた。


 狼達の食事が始まったからだ。

 ベチャリベチャリと狼が人間を食い散らかしていく音でさらに気持ち悪くなった。

 私は両手で耳を塞いで必死に耐える。


 だが、この狼たちは優しかった。


 狼の子供の一匹が私の足を鼻でつついた。


 私は人間の分解が行われているのを視界に入れないように少しだけ振り向いた。


 そこには人間の二の腕が置かれていた。


 「ひぃいぃっ」


 私はそれから距離を取った。

 狼の子供は私の分を持ってきてあげたんだと言わんばかりに尻尾を振っている。

 褒めて欲しいのだろうか?

 

 私はそれから目を離そうとした……が、出来なかった……。


 急激にお腹が空腹を訴えたからだ。

 私は気持ち悪いと思いながらも葛藤した。


 お腹が空いた……他に食べるものは無い……これしか……ない……。


 次第に頭の中がぼうっとしてきた。

 気持ち悪さもあったが、それよりもお腹が空いた。


 私はそれとにらみ合った。

 ぐぅっとお腹の音が大きく鳴った。

 それと同時に多量の唾液が分泌されて口内を濡らした。 



 私はゆっくりとそれに近づいた。

 赤い……赤い何かがソースの様に見えてきた。


 私はそれを手に持った。


 まだ、暖かかった。

 黒い産毛が生えていたがそんなものは気にしない。

 お腹が空いていたんだ。


 私はそれ以上考えずにそれに噛み付いた。


 硬い。噛み切れない。

 私は何度もそれに歯を立てたが私の歯では肉を簡単にそぎ落とす事はできない。


 それでも私は止まらない。


 何度も何度も噛み付いた。


 そして、私はそれから肉をひきちぎる事に成功した。


 咀嚼する。

 何度も噛む。

 味はしない。わからない。

 飲み込む為に何度も何度も噛んだ。



 すると急にぼやけていた視界がクリアになった。


 そしてゆっくり動き出す私の脳。


 何をしているのか?

 肉を食べている……なんの?


 なんの……?


 人間の……。



 正気に戻った私は胃からこみ上げてくる胃液とともにそれを吐き出した。


 「うぇっうぇっ」


 私は涙を流しながら吐く。


 私は……一体何をしようとしていたのか……。


 



 一通り落ち着いたら、もう動く力も残っていなかった。

私はそのままグタリと壁側を向いて寝ころんだ。


 眠ろうと思った。

 夢のなんだ。とそう思おうとした。


 次に目が覚めたら私は孤児院にいて、パーティーの日を迎えるんだ。

 そして、みんなと……マイス先生とマールとケイトとレルト、アミス。みんなで遊ぶんだ。一緒に御馳走を食べて……そして……そして……。


 わかっていた。

 夢なんかじゃない。

 あれは現実でこれも現実だ。

 私の頬は涙で濡れていた。

 辛い……寒い…………。



 眠ろうと目を閉じていた私の頭がまた、少し硬い何かでつつかれた。

 わかっている。

 また、他の部位を差し出しているのだろう。

 そうに違いない。

 だってそれ以外はないのだから……。


 私はそれを無視して目をギュッと瞑る。


 だが、狼は私の頭をつつくのを止めない。

 

 なんだというのだ。私はそれを食べれない。

 少し鬱陶しいと思いながらも私は振り向いた。


 そこには白い何かを加えた狼の親のどちらかがいた。

 そしてその狼はそれを地面に置いた。

 私はそれに焦点を合わすが、見覚えの無い物なので何かわからない。

 とりあえず手で触ってみた。


 ザラザラとした感触。

 

 布?


 そんな感触。


 私はそれを手に取ってみる。

 小さい割に思ったよりもずっしりとしていた。


 裏を返してみるとそこにはボタンがついていた。

 カバン?


 私はそのボタンを外した。


 中には肉と水筒が入っていた。

 私はその肉を手に取る。

 

 匂いを嗅いでみる。

 匂いは無い。臭くない。


 赤くもない。


 人間がもっていたであろうカバンから出てきた肉というのを理解した私はそれを口にいれてみた。


 塩味のきいた硬い肉。

 凄く美味しかった。


 硬いその肉を何度も何度も噛み少しづつ飲み込んだ。

 美味しい。もっと食べたい。

 その衝動に駆られてもう一つ手に取り口に放り込んだ。


 もっと。もっと食べたい。

 そんな欲望が私を包む。

 

 だが、私はそこで考えた。


 これがなくなってしまったら、私はまた空腹に耐えなければならない。

 悩む。

 食べたい欲望と今後の不安を天秤にかける。


 その結果、今後の不安が勝った。


 私はそのカバンから水筒を取り出して中身を口に入れて確認した。

 

 それは水だった。なんの味もついていないただの水。

 でも、肉のせいで喉が渇いた状況の私にはなによりも美味しい飲み物だった。


 水筒に蓋をして、カバンを洞窟の奥の方へおいやった私は冷静になってきていた。


 私は考えた。

 あれは人間だった。人間なら……服があるはずだ。

 この寒さを凌ぐための服が。


 私は恐る恐る肉片になっているだろう物体に目を向けた。


 それはもう人間ではなかったがゴツイ毛皮の上着は血はついていたが形状は服を保っていた。

 ズボンはただの布切れになっていたが、巻き付ければ服の代わりにはなりそうだ。

 ブーツも履いている。

 なんとか暖はとれそうだ。

 私はそう思い、グチャグチャになった人間から衣服をもぎ取った。


 

 これで生きていける。

 背中の痛みはもう無い。少し動きづらいがすぐに死ぬとは思わない。

 水だって洞窟のすぐ外には雪がある。

 ご飯だってこの狼達が人間を狩ってきてくれる限りはありつける可能性だってある。

 服だって……。


 なんとかなる。


 私はそう思った。


 

 そして、実際に私は七歳の雪の降る時期を森の洞窟の中で生き延びた。

 

 

 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。