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第31話 家族偏愛 始まりの雪の日




 私はエルガン大陸の最北端、アルペガの北部にあるレチス山脈のすぐそばの寒村で育った。

 物心ついた時には両親の姿はなく、私はその寒村の孤児院で生活をしていた。

 両親の事を尋ねた事は一度もなかった。

 そもそも、親という存在そのものを私は知らなかった。


 ただ、寂しい生活を送っていたわけではない。

 この孤児院は寒村にあるにも関わらず住んでいる人数は多かった。

 後でわかった事だがどうやらこの孤児院は国が支援して運営していたようで、孤児院にいる子供達はアルペガ中で行き場のなくなった子供達が集められてレチス山脈の自然と共に成長できるようにと考慮されていたらしい。

 そこに国から派遣されていたマイス先生は私達を本当の子供のように育ててくれた。

 勿論優しさだけではない。悪戯をしたら怒られたし、お尻だって容赦なく叩かれた。

 でもマイス先生の私達を見る瞳にはいつも暖かな温もりがあり私も子供心にそれを感じ取っていた。

 

 他にもこの孤児院で育ったレニ姉さんがお手伝いに来ていたり、たまに街の綺麗な服を持ってきてはプレゼントしてくれるマーナ姉さんなど色んな人に支えられて私達は孤児院で生活をしていた。


 私は親はいなかったが恵まれた生活をしていたのだと思う。

 特に何不自由なく成長していった。



 私が七歳になって少したったくらいだったと思う。

 その日はアルペガの祝祭の日でどの家庭でも大なり小なりパーティーが催される。

 私は記憶にあるだけで四回その日を孤児院で迎えていて毎年色んなプレゼントをもらったり、めったに食べれない御馳走が並べられたりで、その日が近づいて来ると指を折って楽しみにしていた。


 そしてその日はやってきた。


 このレチス山脈のすぐ麓にあるこの孤児院は毎年この時期になると雪が降りこの年も例外ではなかった。

 ただ、その日は幸運にも晴れた。前日まで雪が降っていたこともあって地面にはくるぶし程までの雪が積もっていた。

 日の光に照らされる雪の光が凄く印象に残っている。

 年に数度しか見られない白と銀の世界に私達子供は歓喜した。

 しかも、その日は祝祭の日だ。楽しい事に楽しい事が重なってみんなが笑顔だった。


 私達はマイス先生に許しを貰って孤児院の庭で雪遊びをした。

 一緒に遊んでいたのは二つ年上で私達のリーダー格だったマールと私と同じ年の男の子のレルトとケイト。一つ年下の女の子のアミス。

 他にも年長者組と一緒に雪玉を転がして作ったり、小さな雪玉を投げ合ったりと普段できない遊びを楽しみ尽くした。


 本当に楽しかった。白い雪は冷たかったが、そんなものは気にならない程に私達ははしゃぎ走り回った。


 


 私達が遊んでいると、孤児院の中からマイス先生が年長者組を呼んだ。

 恐らくパーティーの準備で人手が足らなくなったのだろう、年長者組が手伝いに呼ばれたようだった。

 彼らも嫌な顔一つせずに直ぐに遊びを切り上げて孤児院の中へ入っていった。

 マイス先生は前日から料理の下ごしらえをしており、今年は二十七人もいるからね。頑張らなくちゃと大きな鍋をかき混ぜていたのを思い出す。私もいつかマイス先生みたいに料理が出来るようになりたいなと思って密かに造り方を覚えようとしていた。

 結果としてもう何を食べたのかすら覚えていないのだけれども……。



 さて、残された私達は次なる遊びを探して五人で話し合った。

 年長者組が手伝いに行った事もあり、人数が減って出来る遊びの幅が狭くなってしまっていたのだ。

 

 するとそこで、一番年上のマールが提案をした。

 それは、雪の森を見に行こうというものだった。


 私達はマイス先生から森は怖いところだと絶対に入ってはいけないと教えられていた。

 恐ろしい場所という印象とそれがバレた時のマイス先生のお仕置きを考えると私は頷く事は出来なかった。

 だが、レルトとケイトがまずその案に乗った。

 私と一番年下のアミスは怖いと言い張ったが、マールに怖いのか? とかビビりんぼとかからかわれてその挑発に乗ってしまった。

 アミスはその場から動こうとしなかったのだが、マールに説得され結局五人で森に入ることになった。


 心の中でマイス先生にごめんなさいと謝ったが正直なところ未知な世界に胸を躍らせていた事は否定できない。


 私達は孤児院の裏門から森へ続く道へ進んでいった。

 まだ、日も高かったし恐怖心はそれほどなかった。

 

 森へ入るとマールとレルトとケイトはずかずかと森を進んでいく。

 どうやらこの悪ガキ三人はマイス先生に内緒でたまに森に冒険にきていたらしい。

 道に迷うことなくどこかを目指して進んでいるようだ。

 

 それから十分程進んだところでマールが止まった。

 マールが指さす方向を見て私は息を呑んだ。

 



 あまりにもその景色は美しすぎた。

 目の前には小さな湖がありその水面は雪化粧をされた木を映し出すと同時に青く澄んでいた。

 そして、目の前の誰にも踏み粗されていない雪。寒いのに青々と茂る木々の間から射す日の光がとても眩しくて……そんな幻想的にも思える空間を私は口を開けて見つめ続けた。


 みんな同じようでみんなこの美しい光景をただ眺めていた。

 ただ、マールはどうだ凄いだろと言わんばかりに腰に手を当てて自慢げにしていたな。

 

 そして、マールがもっと近づいて見ようぜといって水面に近づいて行った。

 私達もマールを追いかけた。


 

 楽しかった記憶だ。

 水は井戸のモノよりも冷たかった。

 レルトが細い木を蹴ってその葉の上に積もった雪を被ってみんなで笑った。

 雪玉をみんなで水面に投げてその波紋を見つめた。

 大きい雪玉をつくってすぐ近くの葉っぱや枝で飾り付けをした。

 誰も踏んでいない綺麗な雪を口に含んで融ける感覚を味わった。

 

 私達はその後、小さな湖の周りをぐるっと回ってもといた場所に戻ってきた。

 少し疲れていた私は雪の上に座り込んでいた。


 するとマールが気遣ってくれたのかもう帰ろうと言い出した。

 私はマイス先生に内緒で禁止されている場所に来てしまっていた事を思い出してすぐに戻ろうとマールの意見に賛成した。

 既に日も傾き始めていて世界が少し赤くなり出していた。

 他の三人もその意見に賛成して私達は少し急いで孤児院への道を戻り始めた。


 迷う事はなかった。晴れていたこともあって来た時の足跡が消えている事もなく、それをだどれば孤児院に帰れる。

 だが、途中でたくさんの他の誰かの足跡が私達の足跡と交差しているのを見つけた。

 それは人間の足跡で、私達よりもはるかに大きい靴の跡だった。

 初めは無視して孤児院に戻ろうと思ったのだけど、もし孤児院の誰かが心配して探しにきていたかもしれないと思って追いかけようと私は提案した。

 怒られる事になるがしょうがない。そんな事より探しに来てくれた人がパーティーに参加できない事の方がよっぽど悲しい事に思えたのだ。

 だが、私達はここで間違えた。

 本当に私達を探しに来ていたのなら、足跡が交差するわけなんてないのだ。

 私達の足跡を辿れば私達にたどり着くのだから。


 まだ幼かった私達は私の意見に従って、怒られる心の準備をしながらその交差した沢山の足跡を追いかけた。


 

 それには直ぐに追いついた。

 数分もかかっていないはずだ。


 そして私達はその光景を見てしまった。


 見たことのない男の人が一人赤い水たまりを作りながら倒れていた。

 その胸には大きいナイフが刺さっていた。

 その周りには五人程の黒いマントの人間。

 私は声が出せなかった。

 見てはいけない物を見てしまった。

 マールがアミスの口を必死に抑えて声を出さないようにしていた。


 私達は誰の合図もなしに音を立てないようにゆっくりと来た道を後退していった。

 私はゆっくり前を向いたままこっちを見ないでと祈りながら後ろへ下がっていった。

 もう少しで視界から完全に見えなくなるところまで下がった時に黒いマントの人間の一人がこちらを向いた気がした。

 黒いフードを被っていたので本当に目があったのかわからない。

 私は必死に声を出さないように我慢した。

 

 こちらを向いた黒いマントの人間は追ってこなかった。

 助かった。

 私もあの男の人みたいに殺されるとそう思った。

 私達は生き延びた。

 森は危ない場所……。

 マイス先生の言葉が今更になって蘇ってきてあの時にマイス先生の教えに従っておけばよかったと心の底から後悔した。


 私達はその後一言も喋らないで出来るだけ早く、でも音を出さないように孤児院までの道を戻った。


 孤児院についた時には日は傾いていたがまだ明るく、目の前の孤児院を見て涙した。

 怖かった。恐ろしかった。

 私達はその後すぐに孤児院の中に入って、マイス先生にごめんなさいと何度も泣きながら謝った。

 だが、あの黒いマントの人間の事は口に出せなかった。

 出したらあれが本当にあった事になってしまうと思った。

 私達は森に騙されたのだと思いたかった。

 

 マイス先生は森に行ったことを自ら泣きながら謝ったことで何とか許してくれた。

 私達の涙は森へ行った事を後悔したというよりも生きて帰れた安堵の方が大きかったのだが、マイス先生は前者と受け取ったのかもしれない。 

 でも結果として私達はきついお仕置きを受ける訳でもなくパーティーへの出席も許された。

 


 それからは私達は五人の子供部屋へ戻ったが、誰一人として口を開くことは出来なかった。

 みんな下を向いて膝を抱えた。


 






 それからどれくらいたっただろうか、年長組のリクスが私達を呼びに来た。

 リクスは年長組の中でも私達を特に可愛がってくれて、よく遊びや勉強などの面倒を見てくれていた。

 呼びに来たリクスは私達の様子がおかしいのを感じ取ったのか何があったのかを聞いてきた。

 私は話してしまいそうになった。

 だが、マールがそんな私の肩に手を置いた。

 マールを見ると首を横に振っていた。

 この時マールが何を考えていたのかわからないが、この時の私はリクスを巻き込んではいけないとそう思ったのだ。

 だから何も言わなかった。

 まだ、間に合ったかも知れないのに……。




 リクスは私達がどこかおかしいと思いながらも深くは聞かなかった。

 いつか話してくれると考えたのだろうか、それともマイス先生に怒られてしょげているのかと思ったのかそれでも深く追求してこないリクスに深く感謝した。


 

 食堂に入ると華やかな飾り付けがされていた。

 もうすでにテーブルの上には沢山の料理が並べられており、席もそこそこ埋まっていた。

 私達年少組の席は二つある大きな長テーブルの中の端にある場所だった。

 近くに大きな暖炉があり、一番暖かい席で冷えないようにと考えてくれたんだろうと思う。

 ただ私の目の前には外へつながる勝手口があり、その先には昼間通り抜けた裏門があった。

 木でできた扉で向こう側が見えなかったことが幸運だった。

 もし、裏門が見えていたら私はパーティーの御馳走を何一つ飲み込むことが出来なかっただろう。

 

 


 沈んだ年少組の表情は森に行ってマイス先生に怒られたからだという認識でパーティーは始まった。

 私達の目の前には沢山の御馳走が並んでいて、それを一口頬張った瞬間に私達はいつもの私達に戻った。

 それをみたマイス先生が私に優しく微笑んでくれた顔が今でも思い出せる。


 美味しい食事。香ばしいモースニックの焼けた匂いに誘われ私はその肉を口いっぱいに頬張った。

 昼間の非現実的な状況から本当にこの家に戻ってこれた気がして自然と涙が溢れた。

 周りをみるとアミスもレルトもケイトもマールまでも涙を流しながら笑い、御馳走を頬張っていた。

 そんな私達を年長組のみんなもレニ姉さんやマーナ姉さんもマイス先生も笑顔で見ていた。

 その時、私達はこんなにたくさんの人に守られているのだと初めて実感した。


 私の家族はここにいる全員だ。

 全員あわせて二十七人。みんながみんな私達の成長を喜んでくれる。見守ってくれている。

 誰もかけることなく幸せに歩んでいける。

 そして、いつか私が大人になったらレニ姉さんやマーナ姉さんのようにこの孤児院の子供に優しくしてあげるんだ。

 それかマイス先生みたいに孤児院の子供達を叱ったり甘やかしたり、一緒に泣いたりしてもいいかもしれない。

 私はそう思っていた。






 パーティーも終盤に差し掛かり、テーブルの上の御馳走も大分減ってきた。

 私のお腹も満腹でもう何も入らない。

 そして、恒例のプレゼントタイムになった。

 マールが年少組の一番手だった。

 マーナ姉さんから小さい木の箱に入った物を手渡されていた。

 それを直ぐにマールが確認すると、中からはツヤのあるペンが出てきた。

 マールはちぇー。ペンかよー。俺勉強苦手なんだよなー。なんて言いながら凄く嬉しそうな顔をしていた。

 その次はレルトがもらい、ケイトがもらった。

 次は私の番だとワクワクしていた。

 

 だけど、私の番はもう一生回ってこなかった……。




 

 ケイトが席についた瞬間に、勝手口が強い力でノックされた。

 ゴンゴン。ゴンゴンと。


 私はそのあまりの音の大きさにびっくりした。

 そして、その瞬間脳裏に現れる黒いマントの人間。

 私は胸の前で手を組んで必死に祈った。


 黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………黒マントじゃありませんように…………

 

 そのノックにマイス先生がはいはいすぐ行きますよと言いながら勝手口に近づいていく。

 そしてドアを少し開けた。


 その瞬間、ドアが恐ろしい程の力で蹴り開けられ、部屋に轟音が響いた。

 私はすぐに、顔を伏せた。

 蹴り開けられる瞬間に黒いマントが見えたからだ。

 心臓の音が外に漏れ出ているのではないかと思うほどに大きくなる。

 私は顔を見られているかもしれない。

 バレてはいけない。

 見てはいけない物を見てしまったのだから。

 私だとバレれば殺される。

 あの男の人のように……。


 私は必死に俯いて目を閉じた。


 私の目の前からマイス先生が怒っている声が聞こえる。

 「あなた達はなんなのですか?」 

 マイス先生の私達へ向ける怒った時の声ではない。優しさもなにもない、幸せな時間を台無しにされたという怒りの声。

 マイス先生は黒マントの男にまくし立てる。

 だが、黒マントの声は聞えない。

 あいつらは何も喋っていない。


 

 急にマイス先生の声が途絶えた。



 そして私の前にゴンと音を立てて、何かが落ちてきた。

 つんざくような悲鳴が食堂を支配していた。

 私は目を開けた。



 

 マイス先生と目が合った。

 だが、マイス先生は私を見ていなかった。

 全てを理解した私は吐いた。

 さっき食べたものを吐き出した。

 口の中が酸っぱい物でいっぱいになった。

 


 私はマイス先生の首から距離をとって壁に背を預けた。

 そして視線を上げた先では、リクスの胸に剣が突き刺さっていた。

 私の胃は地面に倒れていくリクスを見てさらに逆流した。

 気持ち悪い。

 

 床に両手をついてオエオエと胃の中の者を吐き出し続ける。


 食堂の中では、虐殺が続いていた。

 吐きながらでも音は聞こえた。

 肉を切る音と悲鳴。

 助けて助けてと甲高い声が鳴り響いた。


 私の胃はその悲鳴に呼応して何かを吐き出し続けた。

 もう何も残っていないのにそれは続き、透明な液体だけが私の口からこぼれ続けた。


 悲鳴が小さくなっていく。代わりに諦めたようなすすり泣く声だけが聞こえる。


 私は顔を上げられなかった。

 私に出来た事は吐き続けることだけだった。


 急に体が浮いた。

 そして私はそのまま背中から壁に叩きつけられた。

 肺が潰れたように呼吸が出来なくなる。

 グエっと自分の声かもわからないような声がでた。

 そのまま地面にへたり込んだ私は見てしまった。


 地獄だった。


 私の目の前には首のなくなった、アミスが座っていた。

 その断面からは、白い何かが見えて……。

 私はすぐに目を反らした。

 その先にはケイトが目を開けたまま死んでいた。

 また、胃液がこみ上げてきて私は暖炉の横に吐いた。


 「いやー。助けて。いやー」

 そんな悲鳴に目を向けると、レニ姉さんが髪の毛を掴まれて他の部屋に引きずられていった。

 

 そしてそれを力なく見届けると食堂で動くものは少なくなっていた。

 男の死体がそこら中に散らばっていた。

 レルト、ケイト、リクスその他の年長組の男の死体。 

 マイス先生の体……マーナ姉は自分でナイフを首に突きつけたような恰好のままで動かなくなっていた。

 

 女の死体が少ないのはレニ姉さんみたいに他の部屋に連れていかれたのか……。

 それに黒マントの数も少なくなっていた。

 もうこの食堂で動いているのは私とこの黒マントの男一人だけだった。


 そして、その黒マントは私に向かって真っすぐ歩いてきた。

 嗤っていた。

 醜く下卑た笑みだった。

 

 その黒マントは私の前でフードを外した。


 右眼に切傷がある男だった。

 そしてこの男は私を見ながら残念そうに言った。

 「ったく、俺にも残しとけっていっただろうがよ」

 残念そうな口調なのに、この男の顔は笑っていた。

 新しいおもちゃを買ってもらった子供のように……。


 そして、その男は私にどんどん近づいてきた。

 力が入らなかった。

 逃げようにも足が震えて上手く動かない。

 もう何も出来ない。


 男は私に近づいて私の首を掴んで強引に立たせた。

 立つ力なんて残っていなかった。

 私はまた床に崩れ落ちた。

 私は身に迫った死に怯えながら水たまりを作っていた。

 男はもう一度私を強引に立たせて、今度は左手で私の首を抑えて固定した。


 

 男はそのあと私の服を強引に剥いで上半身を露出させた。

 「っち、やっぱり男か……まあいい。いい声で鳴けよ坊主」

 そう言っての首を抑えたまま私を空中に浮かした。


 当時発育も悪く髪も短くて下もズボンを履いていたので私を男と勘違いしたのだろう。

 その男は私を燃え盛る暖炉の中に背中から放り込んだ。


 「あああああああああああああああああああああああ」

 私の喉からびっくりするほど大きな声が漏れ出た。

 

 ――熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い


 私は必死に暖炉から逃げ出ようとしたが、男はそれを許さなかった。


 「おらぁ、もっと鳴けよ。おらぁ、おらぁ!」

 男の楽しそう声と共に、私の胸の上に男の足が乗せられる。


 「あああああああああああああああああああああああああああ」


 ――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


 これで私は終わり。

 その時私は自分の焼ける酷い臭いの中でそう思った。

 

 

 

 「アイナ……逃げろっ!!」

 私が生を諦めたその時、声がした。


 「うわぁっ! ってめえぇこのクソガキがああああああああ」

 その声と同時に私の胸の上から男の足が退いた。


 私は転がるようにして暖炉から抜け出た。

 そして燃える少し大きめのズボンを脱ぎ捨てた。


 「アイナ……逃げろ!!」


 その声の方を見た。


 マールが……片手の既にないマールが残った手で男の足のふくらはぎにナイフを突き刺していた。

 

 「アイナっ!! 逃げろ!!」


 マールのその声を聴いて私は何も考えずに直ぐ近くにあった勝手口から外へ飛び出した。


 背中が痛いなんて考える余裕もなかった。

 

 外の雪の降る程の寒さも背中の痛みも不思議と何も感じなかった。


 私はただ走った。


 靴も何も履いていなかった。


 裸足で雪の上を走った。


 何度も何度も足がもつれてこけた。


 それでも私の体は前に進み続けた。


 逃げないと。私の頭の中はそれだけでいっぱいだった。


 私は森の中を走り続けた。


 そして何度こけたか数えられなくなった時。


 足が私の命令を聞かなくなった。

 

 もう動かなかった。


 私は手で前に進もうとした。


 でも全然前に進まない。


 そして手も動かなくなった。


 私は顔だけを上に向けた。


 目の前には昼間来た、小さな湖が広がっていた。


 いつみてもその景色は見惚れる程に美しかった。 

 

 それを最後に私の意識は暗闇の中に吸い込まれた。

  

 

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