第25話 叡智の結晶
【チェックメイトですね。よくやりました。チロ】
絶望に塗り固められた俺の思考に念話でリードが割り込んできた。
俺の混乱が加速する。
チェックメイトですね? ああそうだよ。俺達は終わりだよ。
よくやりましたってなんだよ。どういうことなんだよ!!
【何がだよ。どうすんだよ。もうすぐここに数十人の兵士がやってくるんだぞ】
【関係ありませんよ。私達の勝ちです】
???
どういうことだ?
「チロ。ありがとう。そしてごめんなさいね」
そういって俺の頭をアルテイシアが優しく撫でる。
労わるような、少し怯えているようなそんな手つきだった。
俺はアルテイシアの顔を見た。
優しく笑っている。
先ほどの狂ったような笑顔ではなく、ここに来る道中に俺に見せていたごく普通の微笑み。姫としてではなく、普通の女性が家族に見せるような笑顔。
そんな気がした。
どう……いう……ことだ?
理解が全く追いつかない。
そんな俺を置いてきぼりにしてこの場は進行していく。
アルテイシアが闘王に向き直った。
「戦争開始ですわね」
「なに?」
「戦争開始です。と言ったのですわ」
アルテイシアの声が俺に向けたものとは別物の声音を帯びる。
無感情なその言葉はこの部屋にやけに響いた。
するとアルテイシアは部屋の角に向かってゆっくりと歩き出した。
それに従い俺達一行も部屋の角に移動する。
するとリードがアルテイシアの前方に立って、背中の大楯――『光壁グランデュリス』を前方に展開した。
リードの盾を中心に空間に層ができる。
アクリル板のようなものが俺の前方に展開されているように見えた。
そしてその層はこの部屋の一角を切り取り、三角形の絶対守護フィールドを作り出す。
リードの説明が間違っていないならばこの部屋からの物理攻撃、魔法攻撃は全てこの盾が吸収してくれるはずだ。この部屋の外壁の外からの攻撃でしか俺達にダメージを与えることはできない。
確かにこれならば負けは無いだろう。だが、勝ちもない。
俺達には武器がないのだ。
「ふっ。何かと思えばそんなことか。そこに篭れば勝ったとでもいうのか小娘が!」
そう言って俺達に向かって斧を構えて闘王が突っ込んでくる。
そして横なぎにリードの盾をぶち抜こうとする。
ガシン
闘王の斧とリードの盾が激突した……ように見えた。
闘王の斧はリードの盾には到達していなかった。
リードの盾の前方にも透明な防御層があって、それとかち合ったのだ。
「ふん。小癪な小僧よ」
そう言って、闘王は何度も何度も防御層に攻撃を加えていく。
だが、リードの防御層にはヒビどころか傷一つ入らない。
この状況だけ見れば、圧倒的な優性に見える。
だが、闘王は笑っている。勝筋が見えているぞという笑みだ。
「もう、お止めになったらいかがですか?」
アルテイシアが無機質な声で闘王に声をかける。
「フハハハハ。ワシが何も知らんとでも思っておるのか。
そのラーム。『光壁グランデュリス』は圧倒的な防御力を誇る。
だが、その反面魔力の消費が激しい。
こうして、その壁を攻撃している限りこの小僧の魔力は減り続ける。
そして、尽きた時がお前らの最後だ。そこで死ぬまでの残り時間を楽しめ」
そういって闘王は層への攻撃を再開する。
おい。それは聞いてないぞ。無限に展開できるんじゃないのかよ。
こうなったら時間の問題だ。
いつかは破られる。
だが、リードもアルテイシアも特に動じていない。
「それを私達が黙ってみているとでも?」
「ふん。何も出来ないだろう。武器が無ければお前達なんぞ取るにたらん。もうこちらの勝ちだ。諦めろ」
そういいながら闘王は防御層の攻撃に専念する。
「エーチ」
「はいっす」
闘王の勝利宣言の後、アルテイシアがエーチの名前を呼んだ。
呼ばれたエーチは俺のすぐ左側から一歩前にでる。
「まったく。このおっさんうるさいっすよ。いい加減黙って欲しいっす」
「なんだと? このガキが」
「おっと。口には気を付けた方がいいっすよ。あっしの機嫌次第であんたら死ぬんすから」
エーチの余裕綽々な表情と口調を見て闘王が顔をしかめる。
「貴様。なにを……」
「もうおわってるんすよ、おっさん」
そういってエーチはローブのポケットから親指程のクリスタルのような赤い結晶を取り出した。
それを見た瞬間、闘王が後方に回避する。
「貴様。それは……」
「おー。知ってるとはなかなか博識っすね~。そっちのが話が早くて助かるっす」
そういってエーチは長机の上にその赤い結晶を投げつける。
「クゥッ」
その瞬間闘王は斧で顔を防御した。
だが、何も起きていない。ただ、長机の上に赤い結晶が移動しただけだ。
「ふっふっふ~。起動方法までは知らないんすね~」
「貴様あぁあああ!!」
エーチのおちょくるような態度に闘王の怒りのボルテージが上がっていくが、闘王は動かない。
「ああ。そうっすよ。動いちゃダメっすよ。動いたら起動させるっすからね」
「貴様……なんで……こんなものをお前が……」
エーチは腰に手を当てて自慢げに語り始めた。
「それはお察しの通り破砕結晶っす。起動すればこの街ごと吹き飛ぶっすね。本物ならっすけど。
本物は流石に手に入らないっすからね~。それはオリジナルの破砕結晶っす」
「オリジナルだと……」
「あっしを誰だと思ってるんすか? エーチ・グリムノフっすよ。この世界最恐の魔法使いっすよ。オリジナルで作り出すことくらい可能っす。
ただ、それ造るのに三年はかかるんすけどね~。
それにまだ不完全で威力も本物と比べると劣るんすよね。
っていっても、それ起動したら、この城は確実に吹き飛ぶっすからね。動かない方がいいっすよ
名付けるなら、あっしエーチのオリジナル破砕結晶っすから、叡智の結晶とかどうっすかね? なかなかいいっすよねチロっち~?」
ご満悦に喋るエーチは俺に名前の良し悪しを聞いてくる始末だ。こいつはまったく……。
でもこれで状況は完全にこっちに傾いた。
この隠し玉のおかげで。
あれを起動したらこの城は吹き飛ぶ。リードの守護領域以外は。
それでチェックメイトか。
先に教えておけよ!!
「さて、状況は決したと思いますが、どうしますか?」
「小娘が……」
「私としてはこの城を吹き飛ばした後に、シューリア全土をレイドルの領地に加えても構わないと考えていますわ。でも、それは流石に非人道的と非難されてしまいそうですので降伏をお勧め致しますわ」
「ぐぬぅ」
アルテイシアが闘王に降伏を促した。
闘王としては呑むしかない。
降伏か死の選択支しか残されていないのだから。
「条件は?」
「私達が提示した同盟の全条件の承諾にしておきましょうか」
「……。…………わかった」
こうして、シューリア側の敗北でこの短い戦争は終焉を迎えた。
その結果、レイドル帝国が提示した三つの条件を全て含んだ同盟が締結されたのだった。




