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第9話

「よろしくな、いなり」

 その瞬間。

 いなりの身体が、淡い光に包まれた。

「え?」

 思わず目を見開く。

 さっき俺が使ったヒールの光とは違う。

 もっと柔らかくて、もっと温かい金色の光だった。

 いなりの小さな身体を包み込むように広がり、ふわりと弾ける。

 その光景は、綺麗というより神秘的だった。

 まるで、何かに祝福されているみたいに見えた。

 光が収まる。

 そして。

「あるじぃ、よろしくです。そして、ありがとうです」

「…………」

 俺は固まった。

 今。

 今、この子。

 喋ったよな?

 喋ったよな!?

「え、えっと……いなり?」

「あい。いなりです」

「喋れるのか?」

「あい。あるじと、つながったからです」

「つながった……」

 テイムって、そういうものなのか。

 いや、分からない。

 分からないけど、目の前でいなりが喋っている。

 しかも、俺を見上げながら尻尾を嬉しそうに揺らしている。

 驚きはある。

 めちゃくちゃある。

 でも、不思議と怖くはなかった。

 助けた子狐が元気になって、俺をあるじと呼んでいる。

 それだけで、胸の奥がじんわり温かくなった。

 気がつけば、空はすっかり茜色に染まっていた。

 山の向こうに沈みかけた太陽が、木々の隙間から細い光を差し込んでいる。

「……そろそろ晩飯の時間か」

 昼にダンジョンへ入ってから、いろいろありすぎた。

 土偶みたいな魔物を倒して。

 傷だらけの子狐を助けて。

 僧侶に転職して。

 回復魔法を使って気絶して。

 目が覚めたら、その子狐がテイムされて、名前がいなりになって、しかも喋った。

 ……うん。

 情報量が多すぎる。

 普通の高校生の休日としては、完全に限界突破している。

 とはいえ、腹は減る。

 どれだけ非日常が押し寄せてきても、身体は正直だった。

「一応、お湯さえあれば作れるものはあるけど……」

 俺は荷物を確認しながら、足元にいるいなりを見る。

 いなりは俺のそばでちょこんと座り、こちらを見上げていた。

 淡い金色の毛並みは、夕日に照らされてふわふわと輝いている。

「いなり」

「あい、あるじ」

「いなりは、何が食べられるんだ?」

「ごはんですか?」

「ああ。食べられないものとかあるのかと思って」

 いなりは少し考えるように首をかしげた。

 その仕草が、いちいち可愛い。

「いなりは、なんでも食べられるですよ」

「なんでも?」

「あい。あるじと同じもの、食べられるです」

「そっか。じゃあ、俺のを分けるか」

 そう言うと、いなりの耳がぴんと立った。

「わーい。ありがとうです、あるじ」

 尻尾がぱたぱたと揺れる。

 こんなに嬉しそうにされると、こっちまで少し嬉しくなる。

 俺は小さな鍋を取り出し、水を入れて火にかけた。

 今日の夕飯は、ジャガイモと玉葱、乾燥野菜を入れた簡単なスープ。

 それに、持ってきていたフランスパン。

 キャンプ飯としてはかなり質素だが、外で食べる温かいスープは、それだけでうまい。

 鍋から湯気が立ち、野菜の匂いが広がる。

 いなりは興味津々といった様子で、鍋の中をのぞき込もうとしていた。

「熱いから、近づきすぎるなよ」

「あい。いなり、いいこにするです」

「本当に頼むぞ」

 しばらく煮込んでから、俺はスープを器によそう。

 いなり用には浅い皿に少し冷まして盛りつけ、パンも食べやすい大きさにちぎって添えた。

「こんなもんになるけど、いいか?」

 いなりは皿をじっと見つめた。

 そして、俺を見上げる。

「あるじぃ、食べていいです?」

「ああ、いいぞ」

「いただきますです」

 いなりは小さな声でそう言うと、スープをぺろぺろと舐め始めた。

 最初は慎重に。

 けれど、すぐに目を輝かせる。

「おいしいです!」

「それはよかった」

「あるじのごはん、あったかいです」

「スープだからな」

「ちがうです。ごはんも、あるじも、あったかいです」

「……そっか」

 どう返していいか分からず、俺は少しだけ笑った。

 いつもなら、一人で星を見ながら静かに食べる夕飯だ。

 それはそれで好きだった。

 でも、今日は違う。

 足元にはいなりがいて、俺の作ったスープを嬉しそうに食べている。

 静かな山の空気も、焚き火の音も、いつもと同じはずなのに。

 なぜか、いつもよりずっと賑やかに感じた。

 いなりとの初めての晩飯は、思っていた以上に楽しかった。

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