第10話
夜になった。
夕飯の片づけを終え、焚き火の始末も何度も確認する。
空には星が出ていた。
いつもなら、しばらくぼんやり眺めてから寝るところだ。
けれど、今日はさすがに疲れた。
身体が重い。
ヒールで魔力を使いすぎたせいなのか。
それとも、単純に一日が濃すぎたせいなのか。
たぶん、両方だと思う。
「そろそろ寝るか」
「あい」
テントの入口を開けると、いなりが少しそわそわした様子で俺を見上げてきた。
「どうした?」
「いなり、あるじと一緒に寝たいです」
「一緒に?」
「あい。だめです?」
いなりの耳が、少しだけ下がる。
そんな顔をされたら、断れるわけがない。
「ああ、いいぞ」
「ほんとです?」
「本当。ただし、寝袋の中で暴れるなよ」
「あい。いなり、いいこにするです」
俺はいなりをテントの中に招き入れた。
寝袋を広げて横になると、いなりは俺の腕の近くで丸くなる。
ふわふわの尻尾を身体に巻きつけ、安心したように目を細めた。
小さな体温が、すぐそばにある。
不思議だった。
今日会ったばかりなのに、いなりがそばにいることが妙に自然に感じる。
今朝まで、俺は一人でこのキャンプ場に来ていた。
山道を整備して。
テントを張って。
飯を作って。
星を見て寝る。
それだけの休日だった。
でも、今は隣にいなりがいる。
ダンジョンで傷だらけだった子狐が、俺を「あるじ」と呼んで、当たり前みたいに俺のそばで丸くなっている。
たった一日で、俺のいつもの場所は、まるで別の場所になってしまった。
「明日、もう一度ダンジョンに入ってみるか」
「あい!」
「ただし、奥まで行くとは限らない。中の様子を確認して、それからどうするか決めよう」
昨日の戦いを思い出す。
土偶一体を倒すだけでも、石を何度も当てて、鉈を何度も振るう必要があった。
三体に囲まれた時は、本当に危なかった。
いなりが体当たりして助けてくれなければ、俺はまともに殴られていたかもしれない。
今度は、昨日みたいに勢いだけで突っ込まない。
「いなりも行くです」
「もちろん。一人で行くつもりはないよ」
俺がそう言うと、いなりは嬉しそうに尻尾を揺らした。
「じゃあ、明日もよろしくな、いなり」
「あい。おやすみです、あるじぃ」
「おやすみ」
目を閉じる。
テントの外では、虫の声が聞こえていた。
いつもと同じ山の夜。
だけど、昨日までとは何もかもが違う夜。
ダンジョンができた。
いなりと出会った。
そして、この場所はもう、ただのキャンプ場ではなくなってしまった。
それでも。
俺は、この場所が嫌いになったわけじゃない。
むしろ、前よりも大事な場所になった気がした。
親父が買って、俺たちで少しずつ整備してきた山。
そして、いなりと出会った場所。
何が起きているのか。
どれほど危険なのか。
ちゃんと知って、守れるようにしなければならない。
俺はいなりの小さな寝息を聞きながら、ゆっくりと眠りに落ちた。




