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第11話

 翌朝。

 簡単な朝食を済ませた俺は、いなりと一緒にダンジョンへ向かった。

 朝食は昨日の残りのパンと、温め直したスープ。

 いなりは相変わらず、嬉しそうに食べていた。

「あるじのスープ、今日もおいしいです」

「昨日の残りだけどな」

「あい。でも、あったかいです」

「それは温め直したからだな」

「ちがうです。あるじのごはんだから、あったかいです」

「……そっか」

 朝からそんなことを言われると、少し照れる。

 いなりは本当に、まっすぐに言う。

 こっちが困るくらいに。

 食事が終わると、俺は荷物を最低限だけ整えた。

 鉈。

 応急手当キット。

 水筒。

 ロープ。

 赤いリボン。

 それから、昨日使った懐中電灯付きのヘルメット。

 正直、もう一度入るのは怖い。

 昨日は運がよかっただけだ。

 土偶が三体いただけでも危なかった。

 いなりが助けてくれなければ、俺は殴られていた。

 しかも、土偶は一発では倒れない。

 俺が今持っている武器と力では、第一層を気軽に歩けるような状況じゃない。

 そう考えると、足が少し重くなる。

 でも、放っておくわけにもいかなかった。

 あの黒い入口は、この山にある。

 親父が買って、俺と親父が整備してきたキャンプ場のすぐ近くにある。

 そして、いなりが傷つきながら生きていた場所でもある。

 何があるのか。

 どれくらい危険なのか。

 それを知らないままにはできなかった。

「……行こうか」

「あい、あるじ」

 木々の間を抜ける朝の光は、いつも通り穏やかだった。

 鳥の声も。

 草の匂いも。

 山を抜ける風も。

 昨日までと、何も変わらない。

 けれど、その先には黒い入口がある。

 日常のすぐ隣に、非日常が口を開けている。

 俺は鉈を握り直し、隣を歩くいなりを見た。

 いなりは小さな身体で、俺の歩幅に合わせるようにとてとて歩いている。

 その姿を見て、少しだけ腹が決まった。

 この場所を、ちゃんと知ろう。

 いなりと出会ったこの場所を、何も分からないまま誰かに任せるんじゃなくて。

 まずは俺自身の目で確かめよう。

 そう思いながら、俺といなりは黒い入口へ向かった。

 昨日は、ダンジョンに入って、いなりを助けることで精一杯だった。

 土偶みたいな魔物がいること。

 中で職業やスキルを得られること。

 いなりが妖狐で、俺にテイムされたがっていたこと。

 そして、回復魔法を使えば傷を治せること。

 一日で分かったことは多い。

 多すぎるくらいだ。

 でも、肝心なことはまだ分かっていない。

 このダンジョンが、キャンプ地にどんな影響を与えるのか。

 放っておいて大丈夫なのか。

 昨日みたいな土偶が、外へ出てくる可能性はあるのか。

 もし危険だと判断されれば、この場所は立ち入り禁止になるかもしれない。

 俺と親父が少しずつ整備してきたキャンプ場。

 いなりと出会った場所。

 それが、何も分からないまま封鎖されるのは嫌だった。

「今日は、ちゃんと中を確認しないとな」

「あい。いなりも行くです」

 いなりが俺の横で尻尾を揺らす。

 小さな金色の妖狐。

 昨日より元気そうで、それだけで少し安心する。

「いなり、無理はするなよ」

「あい。あるじも、むりしないです」

「分かってる」

 俺はうなずき、鉈を構えようとした。

 その瞬間だった。

「……ん?」

 違和感があった。

 手に持っている鉈が、妙にしっくりこない。

 重いとか、握りづらいとか、そういう単純なものではない。

 身体の奥から、これは違う、と押し返されるような感覚。

 拒絶反応に近い。

「昨日は、こんな感じじゃなかったよな……」

 昨日と今日で何が違うのか。

 考えて、すぐに思い当たった。

 職業だ。

 昨日、俺は最後に僧侶へ転職した。

 そのままになっている。

「ステータス」

 半透明の画面が浮かび上がった。

==========

小森透

個人Lv:5

現在の職業:僧侶 Lv1

取得済み職業

・無職 Lv4

・僧侶 Lv1

取得済みの心得

・斥候の心得

・戦士の心得

・格闘の心得

・僧侶の心得

職業スキル

・回復魔法

転職可能

・無職 Lv4

・斥候

・戦士

・格闘家

転職しますか?

【Yes/No】

==========

「やっぱり僧侶のままだ」

 俺は鉈を見る。

 もしかして、僧侶は刃物が合わないのか。

 いや、ゲームならよくある話だ。

 僧侶は鈍器。

 戦士は剣や斧。

 斥候は短剣や弓。

 そんな装備制限。

 まさか、現実でまでやらなくてもいいと思うんだけど。

「戦士に変えたら、いけるのか?」

 俺は頭の中で転職を選び、戦士を選択した。

 次の瞬間、胸の奥で小さく何かが切り替わった。

 僧侶になった時のような、手のひらの奥に温かさが残る感覚は消える。

 代わりに、握っていた鉈が手になじんだ。

 柄の太さ。

 刃の重み。

 振り抜く時に、どこへ力を入れればいいのか。

 それが、少しだけ分かる。

==========

小森透

個人Lv:6

現在の職業:戦士 Lv1

取得済み職業

・無職 Lv4

・僧侶 Lv1

・戦士 Lv1

取得済みの心得

・斥候の心得

・戦士の心得

・格闘の心得

・僧侶の心得

職業スキル

・なし

転職可能

・無職 Lv4

・斥候

・格闘家

・僧侶 Lv1

転職しますか?

【Yes/No】

==========

「個人Lvが六になった」

 僧侶Lv一が残ったまま、戦士Lv一が加わっている。

 けれど。

 身体が急に軽くなったとか。

 腕力が増えたとか。

 そういう分かりやすい変化はない。

 昨日の戦いで痛めた腕は普通に重いし、土偶の攻撃を受けたら痛いだろうという確信もある。

 ただ、鉈だけは妙にしっくりきた。

「……なるほど。職業って、装備にも関係するのか」

 戦士なら、鉈が扱いやすい。

 けれど、僧侶の時に使えた回復魔法は表示されていない。

 つまり、回復魔法は一度覚えたらいつでも使えるものではない。

 僧侶になっている時だけ使える、職業スキルということらしい。

「こんなところまでゲーム寄りにしなくてもいいのに」

「あい?」

「こっちの話」

 いなりが首をかしげる。

 俺は鉈を握り直し、息を整えた。

「よし。準備できた。行くよ、いなり」

「あい♪」

 俺といなりは、黒い入口をくぐった。

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