第12話
三回目のダンジョン侵入。
慣れた、と言うにはまだ怖い。
でも、昨日最初に入った時よりは、少しだけ落ち着いていた。
白い出口が後ろにあることを確認する。
ヘルメットのライトを点ける。
周囲の音を聞く。
そして、昨日置いた目印を探した。
「あった」
通路の隅に、小さく結んだ赤いリボンが残っていた。
輪の向きも、昨日置いた時のままだ。
一日経っても消えないらしい。
少なくとも、ダンジョン内に置いた物がすぐになくなるわけではないようだ。
これは重要だ。
目印が残るなら、探索できる範囲は広がる。
俺はリボンの向きを確認しながら、慎重に進んだ。
しばらくすると、昨日土偶を見かけたあたりに、一体の土偶がいた。
ずず……。
ずず……。
湿った身体を引きずるように動いている。
「いなり。昨日のやつが一体だ」
「あい!」
「いなりは、何ができる?」
昨日、いなりは傷だらけの身体で体当たりして、俺を助けてくれた。
でも、今は元気だ。
妖狐として、何かできることがあるかもしれない。
いなりは少し胸を張った。
「いなりは、狐火で攻撃できるです。あとは、噛みつき、ひっかき、頭突きです」
「頭突きも攻撃扱いなんだな」
「あい。どーん、です」
「無理に頭突きはしなくていい」
昨日の怪我を思い出すと、近づかせるのは少し怖い。
遠くから攻撃できるなら、それが一番いい。
「じゃあ、狐火を見せてくれ。そのあと俺が行く」
「あい!」
俺は鉈を構える。
いなりが一歩前に出た。
小さな身体の前に、ぽうっと橙色の火の玉が浮かぶ。
薄暗い洞窟の中で、その火は小さな灯りみたいに揺れていた。
「じゃあ、行け!」
「《狐火》!」
火の玉が一つ、土偶へ向かって飛んでいく。
ぼんっ。
狐火が土偶の胸元で弾けた。
土偶の表面が焦げ、胸元の土が大きく崩れる。
土偶はよろけた。
だが、倒れない。
「やっぱり、一発じゃ無理か」
俺は土偶へ向かって走り出した。
狐火で焼け、ひびの入った胴体へ鉈を振り下ろす。
がっ!
昨日より、鉈が振りやすい。
でも、土偶はまだ崩れない。
短い腕が振り上げられる。
俺は横へ回り込み、もう一度。
がんっ!
二撃目。
土偶の胴体のひびが広がる。
「あと一発!」
俺は踏み込み、全身の体重を乗せて鉈を振り下ろした。
がんっ!
土偶の身体が、ぐらりと傾く。
次の瞬間。
湿った土の塊になって、床へ崩れ落ちた。
「……倒した」
崩れた土の中に、昨日と同じ小さな光る石が落ちている。
俺はそれを拾い上げ、リュックへ入れた。
「いなり、強いじゃん」
「あい♪」
いなりは嬉しそうに飛びついてきた。
俺は小さな身体を抱きとめ、その頭を撫でてやる。
「いなり、もっと頑張るです」
いなりは俺を見上げながら、もう少し撫でてほしそうに耳を揺らした。
「昨日、使っていればもっと楽だったんじゃないか?」
そう言うと、いなりは少し申し訳なさそうに耳を伏せた。
「狐火は、あるじに名前をもらったら使えるようになったです」
「そうなのか」
「あい。いなりは、あるじにつけてもらった名前で、ちゃんといなりになったです」
「……そっか」
その言葉が、少しだけ胸に残った。
名前をつけたことで、いなりが力を使えるようになった。
テイムの影響なのか。
妖狐としての力が安定したのか。
詳しいことは分からない。
でも、俺がつけた名前がいなりの力になっていると思うと、少しだけ胸が温かくなった。
「じゃあ、もうちょっと先に行ってみるか?」
「あい!」
俺たちはさらに奥へ進んだ。
昨日、いなりが土偶に囲まれていた場所まで来ると、今度は土偶が二体いた。
昨日の三体よりは少ない。
でも、複数相手は油断できない。
俺はいなりに小さく指示を出す。
「左のやつは、いなりが頼む。狐火で動きを止めて、危なかったらすぐ下がれ」
「あい!」
「俺は右をやる。終わったら、必ず一度こっちを見ること」
「あい。あるじも、むりしないです」
「分かってる」
俺は息を整え、鉈を握り直す。
いなりの前に、狐火が浮かぶ。
「《狐火》!」
火の玉が、左の土偶へ飛んだ。
同時に、俺は右の土偶へ向かって走る。
いなりの狐火が当たり、左の土偶が大きくよろけた。
だが、いなりはすぐには近づかない。
少し距離を取ったまま、二つ目の狐火を作り出している。
その姿を横目に、俺は自分の担当へ踏み込んだ。
「っ!」
鉈を振り上げる。
戦士に転職しているせいか、力が強くなったわけではない。
だけど、鉈の重みが手になじむ。
振り下ろす位置。
避けるべき方向。
次に動くための足の置き方。
昨日より、少しだけ迷わない。
俺は勢いのまま、土偶の胴体へ鉈を叩き込んだ。
がっ!
湿った土に刃が食い込む。
土偶が腕を振り上げる。
俺は足を引き、攻撃を避ける。
すぐに踏み込み直し、同じ場所へ二撃目を叩き込む。
がんっ!
ひびが走る。
土偶はまだ動く。
俺は距離を取る。
無理に押し切らない。
土偶が腕を振るった隙を狙い、横から回り込む。
「これで!」
三撃目。
鉈をひびの入った胴体へ振り下ろす。
がんっ!
土偶が崩れた。
俺は息を吐き、すぐに左を見る。
「いなり!」
「あい!」
いなりの二つ目の狐火が、左の土偶へ命中する。
焼けた土偶の胴体に、さらに大きなひびが入る。
いなりは土偶の正面には立たず、横へ回った。
土偶がいなりへ腕を振り上げる。
だが、その前に。
「《狐火》!」
三つ目の火の玉が、土偶のひびへ吸い込まれるように命中した。
ぼんっ!
土偶の胴体が大きく割れ、湿った土の塊になって崩れ落ちた。
いなりは土の中から、光る石を口にくわえてこちらへ来る。
俺も自分が倒した土偶のそばへ行き、光る石を拾い上げた。
二つの石をリュックへしまう。
「……よし」
二体同時でも、いけた。
いなりと連携すれば、昨日よりずっと安定して戦える。
俺は肩の力を抜き、いなりを見る。
「ナイス、いなり」
いなりは駆け寄ってきて、そのまま俺へ飛びついた。
俺は小さな身体を抱き上げる。
「あい。いなり、あるじの役に立ったです?」
上目遣いで、そんなことを聞いてくる。
俺は優しく頭を撫でた。
「かなりな」
そう言うと、いなりは嬉しそうに目を細めた。
その姿を見て、俺も少し笑う。
昨日は、ただ怖くて必死だった。
でも今日は違う。
俺には、いなりがいる。
一人じゃない。
それだけで、ダンジョンの暗闇が少しだけ怖くなくなった気がした。




