第13話
二人なら、昨日よりもう少し奥まで行ける。
そう思えるだけで、昨日とはずいぶん違った。
一人で入った時は、何もかもが手探りだった。
どこから敵が出てくるのか。
どこまで進んでいいのか。
帰り道は分かるのか。
全部が怖かった。
でも、今は隣にいなりがいる。
小さな金色の子狐が、俺の歩幅に合わせてとてとて歩いている。
それだけで、少しだけ心強かった。
「分岐ごとにリボンを置く。向きも忘れないようにしないとな」
「あい。りぼん、大事です」
俺はリュックのポケットから、赤いリボンを取り出した。
山歩き用に持ってきていた目印だ。
ダンジョンの壁に鉈で印をつけることも一瞬考えた。
だが、試しに刃先を軽く当ててみても、岩壁は妙に硬かった。
鉈の刃が滑るだけで、傷一つつかない。
無理に傷をつけるのは危ない。
だから、分岐ごとにリボンを小さく結び、通路の隅に置くことにした。
輪の向きを、来た方向へ向ける。
帰る時は、その輪の向きをたどればいい。
これなら、壁を傷つけなくても目印になる。
「よし。行こう」
「あい」
俺たちはさらに奥へ進んだ。
曲がり角を越えるたびに、土偶と遭遇する。
ずず……。
ずず……。
湿った土の身体を引きずるように、そいつらは通路の奥から現れた。
けれど、昨日とは違う。
「いなり、左!」
「あい! 《狐火》!」
いなりの狐火が飛び、土偶の胸元で弾ける。
表面が焦げ、土の胴体にひびが入る。
俺は、その隙に踏み込んだ。
鉈を振り下ろす。
がっ!
一撃。
土偶はよろけるが、まだ崩れない。
短い腕を振り上げた土偶の横へ回り込み、二撃目。
がんっ!
ひびが広がる。
さらに、三撃目。
がんっ!
土偶がぐらりと傾く。
最後に、ひびの入った胴体へ鉈を叩き込む。
「倒れろ!」
がんっ!
湿った土を割る感触とともに、土偶が崩れ落ちた。
昨日は、三体に囲まれただけで危なかった。
でも今日は違う。
いなりとの連携がある。
狐火で土偶の動きを鈍らせ、傷を作る。
俺がそこへ鉈を入れて、確実に仕留める。
それでも、一対一でやっとだ。
土偶は遅い。
けれど硬い。
俺の鉈では、一撃で倒せない。
狐火でひびを入れてもらって、そこへ何度も鉈を叩き込んで、ようやく崩せる。
油断すれば、土偶の短い腕が届く距離まで入り込まれる。
だから、一撃入れたらいったん離れる。
無理に押し切らない。
今の俺にできるのは、それくらいだった。
「次、右です!」
「分かった!」
いなりの声に合わせて、俺は右から来た土偶へ向かう。
鉈を横から叩きつける。
がっ!
土偶の身体が、少しだけ押し戻される。
その腕が振り上げられる前に、俺は後ろへ下がる。
相手の動きは鈍い。
正面から近づきすぎなければ、攻撃は避けられる。
腕を振り上げる動作も大きい。
見てから下がれば、当たらない。
そういうことが、実際に戦う中で分かっていく。
四回。
五回。
戦闘を重ねるうちに、少しずつ身体の動かし方も分かってきた。
相手の正面に立ち続けない。
攻撃を欲張らない。
一撃入れたら、いったん離れる。
昨日は必死すぎて、何も考えられなかった。
今は、ほんの少しだけ周囲を見る余裕がある。
そして、五体目の土偶を倒した時だった。
『レベルが上がりました』
「お」
頭の中に声が響く。
レベルアップだ。
俺は軽く息を吐いた。
「無職の時はすぐ上がったけど、戦士は少し上がりにくいのかもな」
「あい?」
「職業によって、上がりやすさが違うのかもしれないってこと」
「なるほどです」
いなりは、分かったような分かっていないような顔でうなずいた。
可愛いから、まあいい。
少し進んだ先で、通路は下へ続く階段になっていた。
岩を削り出したような、幅の広い階段。
下の方は暗く、ヘルメットのライトを向けても奥までは見えない。
「あるじ。下は、いやです」
いなりが、はっきり言った。
耳を伏せ、階段の奥をじっと見つめている。
第一層で会ったのは、今のところ土偶だけだ。
でも、この下にはもっと強いものがいる。
いなりは、その気配を感じているんじゃないかと思った。
俺も、階段の暗がりを見下ろす。
昨日までの俺なら、好奇心で少しだけ降りていたかもしれない。
でも、土偶三体に囲まれただけで危なかった。
今の俺たちは、第一層を慎重に歩けるようになっただけだ。
下へ行く理由も、準備も、足りていない。
「そうだな。ここの下に行くのは、もっと強くなってからだ」
「あい」
いなりは緊張を解き、ほっとしたように返事をした。
尻尾も、さっきまでより少しだけゆるく揺れている。
「とりあえず、帰るか」
「あい♪」
いなりが元気よく返事をして、俺の肩へ飛び乗ってきた。
首元へふわりと寄り添う、小さな体温。
俺は来た道に置いたリボンを確認しながら、出口へ向かった。
振り返ると、下へ続く階段は闇の中へ沈んでいた。
あの先に何がいるのか。
まだ、俺たちは知らない。
だからこそ。
今は、知らないことを怖がるだけじゃなく。
戻って、準備するべきなんだと思った




