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第14話

 本当なら、昨日と今日はこのキャンプ地で過ごす予定だった。

 テントを張って。

 火を起こして。

 飯を作って。

 夜は星を見ながら、ぼんやりする。

 そんな、いつも通りの休日になるはずだった。

 でも。

 ダンジョンを発見した。

 いなりを助けた。

 魔物と戦った。

 職業まで手に入れた。

 ……うん。

 どう考えても、キャンプを続けている場合じゃない。

「一度、帰るか」

 俺はそう決めた。

 ダンジョンのことは、隠しておくには大きすぎる。

 ここは親父がキャンプをするために買った山だ。

 俺と親父が少しずつ手を入れて、キャンプ場として使えるようにしてきた場所でもある。

 俺が黙っていて、もし何かあったら大変なことになる。

 ダンジョンは一か月放置すればあふれる。

 神託が本当なら、これはただの珍しい発見じゃない。

 危険地帯と言った方がいい。

 少なくとも、親父には話しておくべきだ。

「よし。撤収」

「あい。てっしゅうです」

 足元で、いなりが真似をするように言った。

 小さな金色の子狐が、真面目な顔でうなずいている。

 ……可愛い。

 いや、今は和んでいる場合じゃない。

 俺はテントをたたみ、荷物をまとめ始めた。

 寝袋。

 ランタン。

 調理道具。

 ロープ。

 応急手当キット。

 水筒。

 赤いリボン。

 それから、細々した道具類。

 リュックに詰め直すだけで、そこそこ時間がかかる。

 その間にも、頭の中ではずっと同じ問題がぐるぐる回っていた。

「やっぱり問題は……いなりだよな」

「あい?」

 いなりが首をかしげる。

 ここに置いていくのは論外だ。

 でも、狐を連れて家に帰るのも問題がある。

 普通に大騒ぎになる未来しか見えない。

 ご近所さんに見られたらアウト。

 親には話すつもりだけど、それでも、いきなり喋る狐を見せたら驚くに決まっている。

「いなり。小さくなったり、気配を消したりってできないか?」

「あるじ、こんなかんじです?」

 ぽふん。

 そんな音が聞こえた気がした。

 次の瞬間、足元にいたいなりの姿が変わっていた。

 小さい。

 ものすごく小さい。

 キーホルダーのぬいぐるみくらいの大きさになっている。

「……できるんだ」

「できるです」

 小さくなったいなりが、得意げに胸を張る。

 いや、本当に万能だな、妖狐。

 俺が手を差し出すと、いなりはちょこちょこと前足を動かして手のひらに乗った。

 そのまま腕を登り、肩にちょこんと座る。

 軽い。

 まるで本当に、小さなぬいぐるみみたいだ。

「今から家に帰る。その姿でいてくれ」

「あい」

「あと、家に着くまではあまり喋らない方がいいかもな」

「あい。いなり、しずかにするです」

 そう言うと、いなりは俺の首元へ身体を寄せた。

 ふわふわした毛が頬に触れる。

 くすぐったい。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。

 俺はキャンプ場を振り返る。

 静かな裏山。

 木々の向こうにある、ダンジョンの入口。

 ここで起きたことを思い返すと、まだ現実感が薄い。

 けれど、肩に乗ったいなりの温かさが、全部現実だと教えてくる。

「さて……親にどう説明するかな」

 ダンジョンのこと。

 いなりのこと。

 ダンジョンについては、国や警察に報告する必要がある。

 明日にでも親父を連れてここに来て、親父から正式に連絡してもらうのがいいだろう。

 未成年の俺がいきなり通報するより、その方が話が早い気がする。

 問題は、いなりだ。

 国に知られたら、連れていかれる気がする。

 妖狐。

 喋る。

 小さくなれる。

 狐火が使える。

 どう考えても、研究対象まっしぐらだ。

 そんなことは絶対に嫌だった。

 でも、いなりを親に隠し通せるかというと、それも難しい。

 食事。

 寝床。

 風呂……は、狐に必要なのか分からないけど。

 とにかく、一緒に暮らすなら親に黙っているのは無理がある。

 もし親に反対されたら。

 もし、飼えないと言われたら。

 その時は、いなりだけでも逃がした方がいいのかもしれない。

 そんな考えが頭をよぎった、その時だった。

「あるじぃ」

 肩の上から、小さな声がした。

「いなりは、ずっといっしょです」

「……俺の考えを読んだのか?」

「ことばは読んでないです。でも、あるじから、いなりのことを心配する気配がいっぱいきたのです」

「気配って……」

 テイムした影響だろうか。

 いなりには、俺の感情がある程度伝わるらしい。

「それに、いなりは、あるじがいれば、ごはんもいらないのです」

「え? 食事できないのか?」

「ごはんは食べられるです。スープもパンも、おいしかったです」

「じゃあ、食べなくても平気ってことか?」

「あい。あるじがいれば、食べなくてもいいのです。あるじの、あったかい気持ちで生きていけるのです」

「……なんだそれ」

 思わず足を止めた。

 あるじのあったかい気持ち。

 そんなもので生きていけるなんて、ファンタジーにもほどがある。

 でも、いなりは真剣だった。

「いなり、姿も消せるのです。小さくなれるです。ごはんもいらないです。おとくなのです」

「自分でお得って言うな」

「だから……」

 いなりの小さな前足が、俺の首元にそっと触れた。

「いなりを、どこかにやらないでほしいです」

 その声は、小さかった。

 でも、まっすぐだった。

 俺はしばらく黙ってから、肩にいるいなりの頭を指先でそっと撫でた。

「分かった」

「あい?」

「とりあえず、親に話してみよう」

 俺は一度息を吐く。

「いなりを逃がすとか、どこかに置いていくとか。そういうプランはなしだ」

 いなりの耳が、ぴんと立つ。

「一緒にいよう」

 その瞬間、いなりの尻尾が小さく揺れた。

「あい♪ あるじと、いっしょです」

「ああ。一緒だ」

 そう決めると、不思議と気持ちが軽くなった。

 親にどう説明するかは、まだ分からない。

 怒られるかもしれない。

 呆れられるかもしれない。

 それでも、隠して後で問題になるよりはずっといい。

 俺はリュックを背負い直し、山道を下り始めた。

 いつもなら、キャンプ帰りの少し名残惜しい道。

 でも今日は違う。

 肩には小さな妖狐。

 リュックには、昨日までただのキャンプ道具だったもの。

 そして、裏山にはダンジョン。

 どう考えても、普通の高校生の帰宅風景じゃない。

「……母さん、驚くだろうな」

「おどろくです?」

「かなりな」

「いなり、いいこにするです」

「頼む」

 そんな会話をしながら、俺は家まで戻ってきた。

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