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第15話

 家に着いた。

 玄関の前で、俺は一度足を止める。

 話さないといけないことが、多すぎる。

 裏山にダンジョンができていたこと。

 そこに入ったこと。

 土偶みたいな魔物がいたこと。

 いなりを助けて、テイムしたこと。

 俺が職業をいくつも解放したこと。

 どれも、普通なら一つだけで大騒ぎになる話だ。

 でも、ダンジョンといなりのことは隠せない。

 隠して、何か起きたら取り返しがつかない。

「……悩んでてもしょうがないか」

 肩に乗った小さないなりが、俺の首元へそっと身体を寄せる。

「あるじ、だいじょうぶです」

「ああ。ありがとう」

 小さな声に、少しだけ背中を押された気がした。

「いなり、家に入る前に頼みがある」

「あい?」

「まだ親父たちには説明してないからな。いきなり見たら驚くと思う。しばらくリュックの中に隠れててくれ」

 俺がそう言うと、いなりはこくりとうなずいた。

「あい」

 いなりは身体を小さくしたまま、ぴょこんとリュックの中へ飛び込む。

「いい子だ。呼んだら出てきてくれ」

「あい!」

 元気な返事が返ってきた。

 俺はリュックの口を少しだけ開けたまま、背負い直す。

 これで、ひとまず大丈夫だろう。

 深呼吸をして、玄関の扉を開けた。

「ただいまー」

「おかえり」

 台所の方から、母さんの声がした。

 続いて、リビングから親父の声が飛んでくる。

「おかえり。あそこは変わりなかったか?」

 いつも通りの何気ない質問。

 でも、今日ばかりは返事に困る。

 変わりがあった。

 ありすぎた。

「親父、母さん。ちょっと話がある」

「ん? どうした、透」

 親父が新聞から顔を上げる。

 母さんも台所から、こちらを見た。

「真面目な話?」

「ああ。かなり」

「分かったわ。火を止めて、そっちに行くわね」

 母さんがコンロの火を止め、エプロンで手を拭きながらリビングへやってくる。

 俺は親父と母さんにソファへ座ってもらい、自分はその向かいに立った。

 正直、逃げたい。

 でも、ここで逃げるわけにはいかない。

 俺は腹をくくった。

「キャンプ地の近くに、ダンジョンを見つけた」

 空気が止まった。

「……え?」

「ダ、ダンジョン?」

 母さんが目を見開く。

 親父の表情も、一瞬で真剣なものに変わった。

「透。それは本当か?」

「ああ。黒い入口みたいなものがあって、中に入ると洞窟みたいな場所につながってた」

「中に入ったのか?」

 親父の声が低くなる。

 その隣で、母さんが青ざめた。

「透! あなた入ったの? 怪我は? 怪我してないの?」

「大丈夫。怪我はしてない」

「本当に?」

「本当だよ。危ない目には遭ったけど、今は大丈夫」

 母さんはまだ不安そうだったが、俺の身体を上から下まで確認して、ひとまず大きな怪我がないことに気づいたらしい。

 それでも、眉は下がったままだ。

「中には、土偶みたいな魔物がいた。実際に動いていたし、倒したらステータスに反応もあった。だから、あれは間違いなくダンジョンだと思う」

「……ダンジョンか」

 親父は腕を組み、深く息を吐いた。

 怒鳴られるかと思った。

 でも、親父は怒るより先に、状況を整理しようとしているようだった。

「それで、もう一つ確認してほしいことがある」

「何だ?」

「俺が、あれをダンジョンだと確信した理由はもう一つある」

 俺はリュックを下ろし、口を開けた。

 中をのぞき込むと、小さな金色の子狐がこちらを見上げていた。

「いなり、出てきていいぞ」

「あい」

 リュックの中から、小さな金色の子狐が顔を出す。

 俺は両手を差し出し、いなりをそっと抱き上げた。

「この子だ」

 親父と母さんが固まった。

 まあ、そうなるよな。

 金色の子狐。

 額には赤い模様。

 どう見ても、普通の狐ではない。

「名前は、いなり。ダンジョンの中で魔物に囲まれて弱っていたところを助けた。今は、俺の相棒になってる」

 言いながら、自分でも情報量が多すぎると思った。

 でも、ここからが本番だった。

「いなりです。あるじの父様、母様ですか? よろしくなのです」

 いなりが、ぺこりと頭を下げた。

「狐が喋った……」

 母さんが、ぽつりとつぶやく。

 親父も、さすがに目を見開いていた。

「テイムしているから、暴れたりはしない。俺の言うことも聞いてくれる。いなりも、おとなしくするって言ってる」

「おとなしくするです。おねがいです」

 いなりは俺の腕の中で、もう一度ちょこんと頭を下げた。

 その姿を見て、母さんの表情が少し揺れる。

 明らかに、可愛いと思っている顔だった。

 ただ、親父はまだ真剣な表情のままだ。

「いなりちゃんのことは、あとで話そう。まずはダンジョンだ」

「ああ」

「警察には連絡したのか?」

「まだ。していいのか判断できなかった。ごめん」

 勝手に中へ入った。

 魔物と戦った。

 いなりを連れて帰ってきた。

 正直、怒られても仕方ない。

 でも親父は、すぐには叱らなかった。

「いや。隠さず話してくれてありがとう」

「親父……」

「本当なら、見つけた時点で通報するべきだった。だが、お前が一人で判断できる話じゃないのも分かる」

 親父は少し考えてから、続けた。

「今日はもう遅い。明日、俺も一緒に現地を確認する。その上で警察に連絡しよう」

「そうしてくれると助かる」

「母さん。明日、透の学校に連絡してくれ。警察の確認が終わってから行かせる。場合によっては、休ませることになるかもしれない」

「分かったわ」

「俺も会社に連絡して、明日は休みをもらう」

 親父の判断は早かった。

 こういう時、やっぱり大人だと思う。

 俺一人で抱え込まなくてよかった。

 少しだけ肩の力が抜ける。

 その時、母さんがじっと俺の腕の中を見ていることに気づいた。

 正確には、いなりを見ている。

「ところで……いなりちゃん?」

「あい?」

「こっちにいらっしゃい」

「あい」

 いなりが素直に母さんの方へ行こうとする。

 俺は一瞬、止めるべきか迷った。

 だが、次の瞬間には母さんがいなりを抱き上げていた。

「きゃー! いなりちゃん、ふわふわで可愛いわ!」

「わ、わわ」

 いなりが母さんの腕の中で目を丸くする。

 母さんは完全に落ちた。

 早い。

 あまりにも早い。

「何を食べるの? お腹空いてない? 一緒にご飯にしましょうね」

「あ、あるじぃ」

 いなりが助けを求めるように、こちらを見る。

 俺は目をそらした。

「母さん、ほどほどにしてくれよ。いなりは何でも食べられるらしい」

「そうなの? じゃあ今日は少し薄味にして、取り分けましょうね」

「あ、あるじぃ……」

 いなりの声が、さらに情けなくなる。

 俺は静かに首を振った。

「いなり」

「あい?」

「母さんには逆らうな。いいな」

「あいぃ……」

 いなりは母さんに抱かれたまま、しょんぼりと耳を下げた。

 親父がその様子を見て、少しだけ笑う。

「まあ、いなりちゃんのことは母さんに任せれば何とかなるか」

「本当に?」

「たぶんな」

「そこは断言してほしかった」

 リビングに、少しだけ笑いが戻った。

 ダンジョンの問題は、まだ何も解決していない。

 明日には警察へ連絡しなければならない。

 俺が勝手に中へ入ったことも、きっと説明しなければならない。

 それでも。

 いなりが母さんの腕の中で、戸惑いながらも尻尾を揺らしているのを見て、俺は少しだけ安心した。

 どうやら、いなりの居場所はひとまず確保できそうだった。

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