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第8話

 目が覚めた時、空はすっかり赤く染まっていた。

 どうやら、かなり長いこと眠っていたらしい。

 視界の端には、見慣れたテント。

 身体の下には、キャンプ用マットの感触。

 俺はどうやら、テント前のマットの上で、そのまま倒れ込むように眠っていたようだった。

「ん……」

 ぼんやりした頭で起き上がろうとした、その時。

 ぺろ。

「……ん?」

 頬に、くすぐったい感触が走る。

 驚いて目を開けると、すぐ目の前に小さな顔があった。

 淡い金色の毛並み。

 琥珀色の瞳。

 ふわりと揺れる大きな尻尾。

 子狐だ。

 しかも、俺の胸の上にちょこんと座っていた。

「……お前」

 そこで、ようやく意識がはっきりしてきた。

 ダンジョン。

 土偶。

 傷だらけの子狐。

 応急手当。

 僧侶への転職。

 そして、ヒール。

 最後に、無理やり回復魔法を使って――そのまま気を失ったんだった。

 慌てて子狐の様子を見る。

 さっきまで傷だらけだった身体には、もう痛々しい傷は見当たらなかった。

 淡い金色の毛並みは夕日に照らされ、ふわふわと柔らかく光って見える。

 呼吸も安定している。

 苦しそうな様子は、もうどこにもなかった。

「お前、治ったんだな……よかった」

 胸の奥から、ほっとした息が漏れた。

 本当によかった。

 俺は自然と手を伸ばし、子狐の頭を撫でる。

 すると子狐は気持ちよさそうに目を閉じ、喉を鳴らすように小さく身体を震わせた。

 尻尾も、ぱたぱたと嬉しそうに揺れている。

「はは……可愛いな、お前」

 思わずそんな言葉が漏れた、その時だった。

『目の前の妖狐が、あなたにテイムされたがっています。テイムしますか?』

【Yes/No】

「……は?」

 俺は思わず固まった。

 今、なんて言った?

 妖狐?

 テイム?

 いや、たしかにこの子は普通の狐じゃないとは思っていた。

 金色の毛並み。

 額の赤い模様。

 そもそも、ダンジョンの中で土偶に囲まれていた。

 でも、いきなり妖狐認定は情報量が多い。

 それにテイムって、あれだろ?

 ゲームやラノベでよくある、従魔契約とか、仲間になるとか、そういうやつだろ?

 俺は目の前の子狐を見る。

 子狐も、じっと俺を見上げていた。

「お前、俺と一緒に来るのか?」

 問いかけると、子狐は目を細めて、ゆっくりと頭を下げた。

 その仕草は、まるで「お願いします」と言っているみたいだった。

 ……いや。

 たぶん、本当にそう言っている。

 俺は少しだけ息を吐き、改めて子狐を見つめる。

「いいんだな?」

 もう一度確認すると、子狐はこくりとうなずいた。

「分かった」

 俺は頭の中で【Yes】を選ぶ。

 すると、すぐに次のメッセージが浮かび上がった。

『妖狐に名前をつけてください』

「名前か……」

 今度は、さすがに少し考え込んだ。

 突然すぎる。

 でも、名前が必要なのは分かる。

 仲間になるなら、いつまでも「子狐」では呼びにくい。

 狐。

 妖狐。

 狐の名前。

 そう考えた時、俺の頭に真っ先に浮かんだのは、有名すぎる名前だった。

「……玉藻?」

 そう口にした瞬間。

 子狐が、ぶんぶんぶんっとものすごい勢いで首を横に振った。

 全力拒否だった。

「嫌か……」

 まあ、いきなり大妖怪みたいな名前をつけられても困るかもしれない。

 俺は苦笑しつつ、腕を組んで考える。

 狐。

 稲荷。

「……じゃあ、『いなり』はどうだ?」

 その瞬間だった。

 子狐の耳が、ぴんっと立つ。

 琥珀色の瞳が細められ、尻尾がぱたぱたと嬉しそうに揺れた。

 さらに、不意に俺の頭の中へ感情のようなものが流れ込んでくる。

 ――うれしい。

 ――それがいい。

 言葉ではない。

 でも、確かに伝わってきた。

「そっか」

 俺は思わず笑ってしまう。

 そして、子狐の頭を優しく撫でた。

「じゃあ決まりだ」

 子狐――いなりは、気持ちよさそうに目を細める。

「よろしくな、いなり」

 その瞬間。

 いなりの身体が、淡い光に包まれた。

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