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第7話

 戻ってきた。

 裏山だ。

「はぁっ……はぁっ……!」

 俺は子狐を抱えたまま、膝をつきそうになるのを必死にこらえた。

 腕の中の子狐は、まだぐったりしている。

 息はある。

 でも、弱い。

 小さな胸が、かすかに上下しているだけだった。

「大丈夫だ……大丈夫だからな……!」

 そう言いながら、俺はキャンプ場へ向かって走った。

 足がもつれそうになる。

 肺が痛い。

 それでも止まれなかった。

 この子を助ける。

 今、俺の頭の中にあるのは、それだけだった。

 テントを張った平地まで戻ると、俺はマットを広げ、その上に子狐をそっと寝かせた。

 ダンジョンの暗がりでは分からなかった傷が、明るい場所でははっきり見えた。

 脇腹。

 前足。

 背中。

 淡い金色の毛並みのあちこちに、赤い血がにじんでいる。

「くそっ……ひどいな」

 俺はリュックから応急手当キットを引っ張り出した。

 血止めスプレー。

 ガーゼ。

 包帯。

 消毒液。

 キャンプ中の怪我に備えて持ってきたものだ。

 まさか、こんな形で使うことになるとは思わなかった。

「ちょっとしみるかもしれないけど、我慢してくれよ」

 返事はない。

 子狐は目を閉じたまま、浅く息をしている。

 俺は出血している場所を探し、血止めスプレーを吹きかけていった。

 一か所。

 また一か所。

 手が震える。

 スプレーを押す指に、力が入りすぎる。

 それでも、できるだけ丁寧に処置をする。

 出血は少しずつ弱まった。

 包帯を巻いた場所から、血がにじむ速さも落ちている。

 でも。

「……呼吸が浅いままだ」

 血は止まり始めている。

 傷口も、外から見える部分はどうにかなっている。

 だが、子狐の状態はよくなっているようには見えなかった。

 体力が尽きかけているのかもしれない。

 内側に、もっと大きな傷があるのかもしれない。

 俺の応急手当では、ここまでが限界だった。

「何か……何かないのかよ」

 その時、ふと頭の中に引っかかるものがあった。

 さっき、子狐を手当てした時。

 頭の中に、何かメッセージが響いていた。

 土偶を倒した時とは違う声。

 たしか――。

『僧侶の心得を取得しました』

『僧侶に転職可能になりました』

「僧侶……」

 僧侶といえば、回復。

 回復といえば、ヒール。

 ゲームやラノベなら定番だ。

 でも、これは現実だ。

 そんな都合よくいくのか。

 そう思いながらも、俺はすがるように唱えた。

「ステータス」

 半透明の画面が、目の前に浮かび上がる。

==========

小森透

個人Lv:4

現在の職業:無職 Lv4

取得済み職業

・無職 Lv4

取得済みの心得

・斥候の心得

・戦士の心得

・格闘の心得

・僧侶の心得

職業スキル

・なし

転職可能

・斥候

・戦士

・格闘家

・僧侶

転職しますか?

【Yes/No】

==========

「……あった」

 僧侶。

 本当に、転職可能になっている。

 俺は迷わず、頭の中で【Yes】を選んだ。

 すぐに次の表示が現れる。

==========

どの職業に転職しますか?

・斥候

・戦士

・格闘家

・僧侶

・転職しない

==========

「僧侶だ」

 そう念じた瞬間、身体の奥で何かが切り替わるような感覚があった。

 熱いわけではない。

 痛いわけでもない。

 けれど、胸の奥に小さな灯りがともったような、不思議な感覚。

 そして、ステータスが更新される。

==========

小森透

個人Lv:5

現在の職業:僧侶 Lv1

取得済み職業

・無職 Lv4

・僧侶 Lv1

取得済みの心得

・斥候の心得

・戦士の心得

・格闘の心得

・僧侶の心得

職業スキル

・回復魔法

転職可能

・無職

・斥候

・戦士

・格闘家

転職しますか?

【Yes/No】

==========

「回復魔法……!」

 あった。

 本当にあった。

 俺は画面の文字を見て、思わず息を呑んだ。

 回復魔法。

 なら、使えるはずだ。

 いや、使え。

 使えてくれ。

 この子を助けるために。

 俺は子狐のそばに膝をついた。

 小さな身体に、そっと手を当てる。

 淡い金色の毛並みは血と土で汚れていた。

 それでも、触れるとまだ温かい。

「頼む……!」

 魔法の使い方なんて分からない。

 でも、今までだってそうだった。

 ステータスは念じれば出た。

 転職も、選べばできた。

 なら、回復魔法だって。

 きっと。

「《ヒール》」

 その瞬間、俺の手のひらから淡い光がこぼれた。

 白く、やわらかい光。

 それが子狐の身体を包み込んでいく。

「……っ」

 同時に、身体の奥から何かがごっそり抜けていく感覚がした。

 腹の奥にあった、温かいもの。

 それが手のひらへ流れ込み、光になって子狐へ注がれていく。

 その時。

『がんばってる子には、力を貸してあげる』

 誰かの声が、ほんの一瞬だけ聞こえた気がした。

「……え?」

 でも、返事をする余裕なんてない。

 力が抜ける。

 視界が揺れる。

 立っているわけでもないのに、身体が倒れそうになる。

 これが、魔力を使うってことなのか。

 そんなことをぼんやり考えながらも、俺は手を離さなかった。

「治れ……治ってくれ……!」

 光が強くなる。

 子狐の傷口が、少しずつふさがっていく。

 浅かった呼吸が、わずかに深くなる。

 よかった。

 効いている。

 ちゃんと効いている。

 そう思った瞬間、視界の端が暗くなった。

「あ……まず……」

 全身から力が抜ける。

 子狐の姿がにじむ。

 最後に見えたのは、淡い光の中で、子狐の耳がかすかに動くところだった。

 よかった。

 生きてる。

 そのことに安心した瞬間――。

 俺の意識は、そこで途切れた。

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