第6話
洞窟に、湿った土が崩れる音だけが残る。
「はぁっ……はぁっ……!」
肩で息をする。
手も、足も震えていた。
怖かった。
普通に怖かった。
最初の一体を倒した時は、レベルが上がれば何とかなると思った。
でも違う。
複数に囲まれたら、一気に危険になる。
さっき子狐が助けてくれなかったら、俺はまともに殴られていた。
「助かった……ありがとな」
そう言って、子狐の方を見る。
けれど、子狐はその場にぐったりと倒れていた。
「おいっ!」
俺は慌てて駆け寄る。
小さな身体をそっと抱き起こすと、全身が傷だらけだった。
金色の毛並みは土で汚れ、ところどころ血がにじんでいる。
呼吸も浅い。
まずい。
これは本当にまずい。
「待ってろ。今、手当てするから」
俺はリュックを引き寄せ、応急手当キットを開いた。
血止めスプレーを取り出し、傷口に吹きかける。
消毒液。
ガーゼ。
包帯。
手は震えていたけれど、できることを必死にやる。
キャンプで多少の怪我に対応したことはある。
でも、こんな傷だらけの子狐を手当てした経験なんて、当然ない。
「くそっ……これじゃ足りない」
血は少し止まった。
けれど、子狐の呼吸は弱いままだ。
このままここにいても、できることは限られている。
外に連れ出すべきだ。
そう判断した瞬間、頭の中に声が響いた。
『僧侶の心得を取得しました』
「……今?」
思わず声が出た。
さらに続けて、別の声が響く。
『僧侶に転職可能になりました』
職業を手に入れた。
レベルも上がった。
でも、目の前の子狐はまだ苦しそうに息をしている。
ステータスを確認している余裕なんてない。
今は、とにかく外に連れ出すのが先だ。
「死ぬなよ……!」
俺は子狐を慎重に抱き上げた。
驚くほど軽い。
体温も、少しずつ失われているように感じる。
俺は鉈を拾い、来た道を振り返った。
リボンでつけた印。
それを頼りに戻れば、出口へ戻れるはずだ。
「大丈夫だ。絶対に助ける」
それが子狐に向けた言葉なのか。
それとも、自分を奮い立たせるための言葉なのか。
分からない。
ただ、俺はその小さな身体を抱えたまま、出口へ向かって走り出した。
驚くほど軽い。
こんな小さな身体で、さっきまで三体の土偶に立ち向かっていたのか。
「すぐ外に出る。だから、もう少しだけ我慢してくれ」
子狐は薄く目を開け、かすかに俺を見た。
鳴く力も残っていないのか、小さく息を震わせるだけだった。
俺は来た道を振り返る。
通路の隅に置いた、赤いリボン。
ヘルメットのライトに照らされ、輪になった部分が来た方向を示している。
よかった。
ちゃんと帰り道は分かる。
俺は子狐を抱えたまま、走り出した。
通路を戻る。
分かれ道を間違えないよう、リボンの向きを確かめながら進む。
足元に気をつけろ。
転ぶな。
この子を落とすな。
胸の中で、何度も繰り返す。
そして――。
「見えた!」
前方に、白く光る出口が見えた。
ダンジョンの出口だ。
俺は子狐を抱きしめ直し、最後の力を振り絞って出口へ向かった。
白い出口へ飛び込んだ瞬間、視界が切り替わる。
湿った洞窟の空気が消えた。
代わりに、木々の匂いと初夏の風が頬をなでる。
戻ってきた。




