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第82話

 翌朝。

 朝食を終え、いつもより短めに勉強をしたあと、俺たちは親父のワンボックスカーへ乗り込んだ。

 運転席は親父。

 助手席には俺。

 二列目には母さんといなりが座り、三列目には烈と静が並んでいる。

 全員が乗ると、以前よりも車内がずいぶん賑やかになった。

「家族みんなで買い物に行くなんて、久しぶりね」

 母さんが、後ろから楽しそうに言う。

「最近は、透が一緒に行ってくれないから」

「あるじは、母様とお出かけするのが嫌だったのですか?」

 いなりが、二列目から身を乗り出すようにして尋ねてくる。

「嫌ってわけじゃないよ。ただ、高校生になってから家族で買い物というのも、少し恥ずかしいだろ?」

「そういうものなのですか?」

「透も大きくなったということだ」

 親父が運転しながら口を挟む。

「でも、たまにはみんなで出かけたいわ」

「分かった。これからは少し考えるよ」

「ふふっ。それでいいのよ」

 母さんは満足そうに笑った。

 以前なら、家族で買い物へ行くことを少し面倒に感じていたかもしれない。

 でも、今は家族が増えた。

 いなりも、烈も、静も、見るものすべてが珍しそうだ。

 そういう三人と一緒なら、悪くないと思えた。

     ◇

 車を走らせ、常滑のショッピングモールへ到着した。

 休日ということもあって、駐車場にはすでに多くの車が並んでいる。

 建物の中へ入ると、母さんが立ち止まった。

「私といなりちゃんは、いなりちゃんの服を見てくるわ」

「はい、母様」

「そっちは、烈くんと静くんの服をお願いね」

 母さんは親父と俺を交互に見る。

「十一時半くらいに、二階のフードコートへ集合でどう?」

「分かった。早く終わった方が席を取って、連絡するということでいいな」

「ええ。それでお願い」

 母さんといなりは、女性向けの衣料品店が並ぶ方へ歩いていった。

 いなりが一度こちらを振り返り、小さく手を振る。

 俺も手を振り返した。

「じゃあ、俺たちは二階の服売り場へ行くか」

「はい!」

「承知しました」

 エスカレーターで二階へ上がると、烈と静は周囲をきょろきょろと見回していた。

「広い店ですね」

 静が感心したようにつぶやく。

「そうか。烈も静も、こういう店は初めてか」

「はい」

「人の服が、こんなにたくさん並んでいるとは思いませんでした」

「俺様は、どれが強そうな服なのか気になる!」

「服に強いも弱いもないだろ」

「鎧ならあるぞ」

「今日は普段着を買いに来たんだ」

 放っておくと、防具売り場を探し始めそうだ。

「とりあえず、家族向けのカジュアル衣料店へ行ってみよう」

 俺たちは、子ども服から大人向けまで幅広く置いている店へ入った。

「烈と静は、好きな色や形の服を見ていてくれ。俺は店員さんを呼んでくるよ」

「透は、あるじとして選んでくれないのか?」

 烈が不思議そうに尋ねる。

「俺に服のセンスを求めるな」

「そうだな」

 親父が即答した。

「透はカーキ色の服ばかり持っているからな。私服を見るたびに、どこの軍隊に所属しているのかと思う」

「そこまでじゃないだろ」

「上着もズボンもカーキ色だったことがあるだろ」

「あれは上下で色が少し違った」

「一般人には同じに見える」

「うるさい。店員さんを呼んでくる」

 逃げるようにして、近くにいた店員さんへ声をかける。

 烈と静が人の世界で初めて普段着を選ぶこと。

 二人の性格に合った服を何着か選んでほしいこと。

 そう説明して、親父たちのところまで案内した。

「連れてきたぞ」

 親父が店員さんへ軽く頭を下げる。

「この三人に似合う服を選んでもらえませんか?」

「えっ。俺も?」

 思わず親父を見る。

「透も、そろそろカーキ色から脱却しろ」

「俺は付き添いだろ」

「家族で出かける服くらい、持っておいた方がいい」

「かしこまりました」

 店員さんが笑顔でうなずく。

「まずは、そちらのお二人から見ていきましょうか」

 烈と静を見比べ、少し首をかしげた。

「あれ? お二人は双子ですか?」

「そういうことになります」

 静が答える。

「お顔はよく似ていますけど、雰囲気はかなり違いますね」

 店員さんは二人が手に取っていた服を確認する。

「同じ服を着る双子コーデよりも、それぞれの個性に合わせた方がよさそうですね。今選んでいる服を基準に、コーディネートを考えてみましょう」

「お願いします」

 店員さんに連れられ、烈と静は試着室へ向かった。

 しばらく待っていると、試着を終えた二人が出てくる。

 烈は、赤いTシャツに黒いパンツ。

 静は、青いTシャツにグレーのパンツという組み合わせだった。

 色だけでなく、服の形も二人の性格に合っている。

 烈の服は動きやすく、少し活発な印象。

 静の服は落ち着いていて、すっきりと見えた。

「二人とも、似合っているぞ」

「本当か、透様!」

「ああ。烈らしい服だと思う」

「ありがとうございます、透様」

「静の方も、落ち着いた感じで似合ってる」

 静は少し照れたように、服の裾を整えた。

「では、こちらを基準にして、それぞれトップスを三着、ボトムスを二着ほど選びますね」

 店員さんが服を追加で持ってくる。

 烈は赤やオレンジなど明るい色を中心に選び、静は青や紺、グレーなど落ち着いた色を選んだ。

 同じ顔をしていても、着る服が違うだけで印象がかなり変わる。

 二人の服を一通り選び終えると、店員さんは俺の方を見た。

「次は、お兄さんですね」

「本当に俺もやるんですか?」

「もちろんです」

 親父が逃げ道を塞ぐように答える。

 結局、俺も店員さんに服を選んでもらうことになった。

 白や濃い青のTシャツ。

 黒やベージュのパンツ。

 派手ではないが、今まで自分では選ばなかった色ばかりだ。

「カーキ色じゃなくても、普通に着られるだろ」

 親父が満足そうに言う。

「別にカーキ色しか着られないわけじゃない」

「なら問題ないな」

 反論しても無駄そうだった。

 全員の服が決まり、会計へ向かおうとした時、俺はふと思い出した。

 ダンジョンで得た収入のことだ。

「親父。ここの支払いは、ダンジョンで稼いだお金から出すよ」

 俺が言うと、親父は足を止めた。

「ダンジョンで稼いだ金、ということは、四人で得た金だろう?」

「ああ」

「なら、透一人の考えで使ってはいけない」

「でも、烈と静の服だし」

「それでもだ」

 親父は、いつもより少し真剣な顔で俺を見る。

「誰が、どれだけ受け取るのか。何に使うのか。どう管理するのか。それを四人できちんと決めてから使うべきだ」

「……そうだな」

「そもそも、ダンジョンの収入は今、どうなっているんだ?」

「全部、昨日作った俺の口座に入るようになってる」

「まさか、透が自分の金として使っているわけじゃないだろうな?」

「使ってないよ。今まで一円も」

「ならいい」

 親父は少しだけ表情を緩めた。

「ただ、これから収入は増えていくだろう。今のうちに決めておかないと、あとで困ることになる」

「分かった」

「今日の支払いは、俺がする」

「でも……」

「いなりたちを預かっている間の衣食住は、親である俺たちが用意するものだ。子どもに自分の服代を払わせるつもりはない」

 親父はそう言って、烈と静の服を会計へ持っていった。

 何も考えず、ダンジョンで稼いだ金を使えばいいと思っていた。

 けれど、あの収入は俺だけのものではない。

 いなりも。

 烈も。

 静も。

 全員で戦い、全員で得たものだ。

 ダンジョンのことだけでなく、仲間のお金についても、きちんと考えなくてはいけない。

「透様」

 静が心配そうに声をかけてくる。

「何だ?」

「僕たちに小遣いなどは必要ありません。ダンジョンで得たお金も、透様が使っていただければ」

「いや、それじゃ駄目だ」

 俺はすぐに首を横に振った。

「あれは、みんなで稼いだお金なんだ。俺だけのものにはできない」

「ですが、僕たちは透様に仕える神使です」

「それでもだよ」

 俺は静だけでなく、烈にも視線を向けた。

「今すぐどうするかは決められない。でも、みんなが納得できる方法を考えたい。だから、少し待ってくれないか?」

 静は俺の顔をじっと見たあと、小さくうなずいた。

「分かりました」

「俺様は、透様が決めたことなら何でもいいぞ!」

「それだと話し合いにならないだろ」

「そうなのか?」

「そうなんだよ」

 烈はよく分かっていないようだった。

 静にまで心配されているようでは駄目だ。

 戦闘だけでなく、パーティーで得たものをどう扱うかも、俺が向き合わなくてはいけない問題なのだろう。

 家へ帰ったら、いなりも交えて四人で話をしよう。

 必要なら、親父と母さんにも相談すればいい。

 俺は会計をする親父の背中を見ながら、そう決めた。

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