第78話
午前中のルーティンをこなし、昼食を終えると、俺たちは尾張ダンジョンへ向かった。
今日からは、仮カードではなく、自分たちの探索者カードで入場できる。
入口の読み取り機にカードをかざすと、短い電子音が鳴り、画面に俺の名前が表示された。
ただの登録証だと分かっている。
それでも、自分も正式な探索者として、このダンジョンに認められたような気がした。
「いなりも、やってみるか?」
「はいです」
いなりが嬉しそうにカードをかざす。
続いて烈と静も、それぞれ自分のカードで入場手続きを済ませた。
「おお! 俺様の名前が出たぞ!」
「烈。後ろがつかえますから、早く進んでください」
「今日は誰もいないだろ?」
「そういう問題ではありません」
相変わらずの二人を見ながら、俺たちはダンジョンの中へ入った。
◇
今日も第一層から順番に探索していく。
第一層では烈が攻撃の中心となり、土偶を次々と切り伏せた。
第二層に下りると、静が盾でダンゴムシの突進を受け止め、烈やいなりが攻撃を加える。
俺が手を出す場面は、ほとんどなかった。
途中で何度かレベルアップの通知も響いた。
レベルが上がるたびに、烈と静の動きが少しずつ洗練されていく。
最初は勢い任せだった烈も、静の位置を確認しながら攻撃するようになった。
静も、ただ敵の攻撃を受け止めるだけではない。
盾で敵の体勢を崩し、烈やいなりが攻撃しやすい位置へ追い込んでいる。
いなりも以前から頼りになっていたけれど、烈と静の成長速度も相当なものだった。
もう二人とも、安心して前を任せられる。
第三層を一通り回り終えて時間を確認すると、まだ午後三時を少し過ぎたところだった。
「ずいぶん早くなったな」
「最初の日より、戦闘にかかる時間が短くなりましたから」
静が答える。
「俺様たちが強くなったからな!」
「烈は、もう少し周囲を見て戦えるようになれば、もっとよくなります」
「ちゃんと見てるって!」
「先ほども、倒した魔物の魔石を拾わずに先へ行こうとしたでしょう」
「あれは、透様が拾ってくれると思って……」
「俺を荷物持ち兼魔石拾い係にするなよ」
「違うのか?」
「違うよ」
烈は本気で不思議そうな顔をしていた。
俺も、うかうかしてはいられない。
このまま三人だけが成長していけば、そのうち「透様は後ろで見ていてください」と言われてしまうかもしれない。
回復役としての仕事はあるけれど、それだけで満足するつもりはなかった。
俺も頑張らないとな。
今回も、各階層に出現した魔物の数は前日と同じだった。
第一層は土偶が九体。
第二層は土偶四体とダンゴムシ五体。
第三層は、合わせて十八体。
魔物の数は、階層ごとに固定されている可能性が高そうだ。
一方で、鉄鉱石を採掘できる壁の場所は昨日とは違っていた。
今日も採掘できたのは一か所だけ。
場所は変わるが、一日に出現する採掘地点は一か所という決まりなのかもしれない。
採れた鉄鉱石も、昨日と同じ三個だった。
探索を終えた俺たちは、魔石三十六個と鉄鉱石三個を持って買い取り所へ向かった。
◇
「今日も、魔石が三十六個。鉄鉱石が三個ね」
綾部さんが、カウンターに並べられた品を確認していく。
「魔石が七万二千円、鉄鉱石が三千円。合計七万五千円です」
「昨日と同じですね」
「魔物の数も、採れる鉱石の数も同じなの?」
「はい。採掘できる場所は昨日とは違いましたけど、魔物と鉱石の数は同じでした」
「へえ。そういう情報も大事だから、記録しておくね」
綾部さんは端末へ内容を入力し、買い取り明細を印刷した。
「今回からは、昨日登録してもらった口座への振り込みになります」
「はい」
「明日の処理で振り込む予定だから、早ければ明日中には確認できると思う。ただ、銀行側の処理によっては、少し遅れることもあるからね」
「分かりました」
明細を受け取ろうとすると、綾部さんが感心したように俺を見る。
「それにしても、透くんはすごいね。毎日これだけ稼いでるんでしょう?」
「俺だけで稼いでいるわけじゃないですよ。いなりたちがいるからです」
「またまた、謙遜しちゃって」
綾部さんがカウンターへ少し身を乗り出す。
「今度、お姉さんと一緒に飲みに――」
「おい。高校生を飲みに連れ出そうとするな」
奥から低い声が飛んできた。
「それから、就業中のナンパは禁止だ」
「ちぇー。最後まで言わせてくださいよ」
「最後まで言わせたら、余計に問題になるだろう」
書類を手にした藤堂さんが、呆れた顔でこちらへやってきた。
「悪いな、透くん。綾部に何かされたら、すぐに教えてくれ。俺の方で再教育するから」
「はい。よろしくお願いします」
「えー、横暴だー」
「ア・ヤ・ベ」
藤堂さんが一音ずつ区切って名前を呼ぶ。
綾部さんは一瞬で姿勢を正した。
「すみませんでした」
本当に反省しているかは分からない。
藤堂さんは小さくため息をつくと、カウンターに置かれた記録へ目を落とした。
「しかし、もう第三層まで安定して回れるのか」
「はい。今のところは問題ありません」
「現在の尾張ダンジョンでは、小森くんたちが最も先へ進んでいるチームだろうな」
「消防の探索隊がどこまで進んでいるのかは聞いていませんけど、たぶん俺たちが一番だと思います」
藤堂さんの隣にいた辻元さんが、資料を見ながら口を開いた。
「消防の探索隊も第二層には入っていますが、あくまで調査と救助訓練が中心です。魔物を倒して先へ進むことだけが目的ではありませんから」
「警察も同じですね」
「はい。装備や安全手順の確認をしながら進んでいます。小森くんたちとは、探索の目的も速度も違います」
一般公開前の現在、継続して探索しているのは、俺たちのほかには警察や消防などの公的な部隊くらいだ。
俺たちはレベルを上げ、ダンジョンを攻略するために潜っている。
一方で、警察や消防は、安全確認や救助方法の検証をしながら進んでいる。
単純に、到達階層だけで比べられるものではないのだろう。
「ということは、八月一日までの暫定一位ですね」
俺が言うと、藤堂さんが苦笑した。
「まあ、そういうことになるのかな」
「八月一日に一般公開されたら、強い人が来るかもしれませんからね」
「競争ではないからな。順位を意識して無茶をしないように」
「分かっています」
「小森くんたちが先へ進めていることは、こちらとしても助かっている。ただし、安全第一で頼む」
「はい」
藤堂さんは一度うなずくと、持っていたパンフレットを俺へ差し出した。
「それから、お父さんに伝えてほしいことがある」
「親父にですか?」
「ああ。ダンジョンで得た買い取り収入について、国から当面の税務上の取り扱いが示された」
俺は差し出されたパンフレットを受け取った。
表紙には、ダンジョン産出品の買い取り収入に関する案内と書かれている。
「現在の特例では、未成年者が受け取ったダンジョン産出品の買い取り代金は、親御さんの扶養判定に使われる収入には含めないそうだ」
「つまり、俺がダンジョンで稼いでも、親父や母さんの扶養から外れないということですか?」
「現時点の制度では、そういう扱いになる」
七万五千円を毎日のように稼げば、夏休みだけでも相当な金額になる。
親父も、その点は気にするかもしれない。
「ただし、ダンジョン収入については、探索に使った武器や防具、交通費などを経費として差し引くことはできない」
「経費にはできないんですか?」
「ああ。買い取り価格自体に、探索の危険性や必要経費を考慮した補填分が含まれている、という考え方らしい」
「なるほど」
「詳しい内容は、そのパンフレットに書かれている。制度が変わる可能性もあるから、お父さんと一緒に確認しておいてくれ」
「分かりました。親父に渡しておきます」
「頼む」
俺は買い取り明細とパンフレットをリュックへしまった。
「それでは、また明日もよろしくお願いします」
「ああ。気をつけて帰りなさい」
「明日も鉄鉱石を待ってるからね」
綾部さんが笑顔で手を振る。
「綾部。まずは仕事を終わらせろ」
「分かってますよー」
藤堂さんの注意を背中で聞きながら、俺たちは買い取り所をあとにした。




