第74話
「まだ三時です。あるじ、どうしますか?」
「早速、時計の見方を使ってるな」
「はい。母様に教えていただきました」
「それなら、第三層も少し見てみるか。危険だと思ったら、すぐに撤退するぞ」
「はい!」
「承知しました」
「はいです」
「その前に、ここで休憩しよう」
俺は安全そうな場所を選び、リュックを下ろした。
中から水筒と、それぞれの名前を書いたコップを取り出して、お茶を注いでいく。
「ありがとうございます、透様。でも、荷物は僕が持ちますよ」
静が申し出てくれたが、俺は首を横に振った。
「静には、盾役としてみんなを守ることに集中してほしいんだ」
「ですが……」
「今の俺は僧侶だ。前に出て戦う烈や静より、俺が荷物を持った方がパーティー全体として動きやすい」
僧侶だから荷物持ちに向いている、というわけではない。
けれど、今の編成では、回復と後方支援を担当する俺が荷物を持つのが一番効率的だった。
「分かりました」
「烈と静は戦闘に集中。いなりは索敵を頼む。周囲の警戒や荷物の管理は、基本的に俺が担当する」
「はい!」
「承知しました」
「任せてください、あるじ」
休憩を終え、俺たちは第三層へ進んだ。
第三層では、土偶とダンゴムシが同時に二体ずつ現れることが多かった。
けれど、今の俺たちにとっては、それほど苦戦する相手ではない。
烈が大太刀で敵を切り伏せ、静が盾で攻撃を受け止める。
いなりは死角へ回り込み、鉈や狐火で援護する。
俺は周囲を警戒しながら、必要に応じて六尺棒で攻撃に加わった。
しばらく探索を続けていると、突然、いなりが足を止めた。
「あるじ。正面の壁が変です」
「壁?」
「はい。くぼんでいるところです」
いなりが指差した先には、ほかと変わらない岩壁がある。
「俺には普通の壁にしか見えないけど」
「目に魔力を集めれば、見えるかもしれません」
「目に魔力を?」
「はい。手や武器に流すのと同じです」
俺は壁を見つめながら、意識を目の周辺へ集中させた。
身体に巡らせている魔力の一部を、ゆっくりと両目へ集めていく。
最初は何も変わらなかった。
けれど、さらに意識を集中させると、壁の一部がぼんやりと光って見えた。
「もしかして、この光っている場所か?」
「はい。そこです」
「見えた……」
魔力を集めれば、いなりと同じものが見えるらしい。
俺はリュックにくくりつけていたピッケルを取り外した。
「せっかく持ってきたんだ。掘ってみるか」
「結局、持ってきたのですね」
いなりが少し呆れたような顔をする。
「まあまあ。何事も試してみないと分からないだろ」
俺は光って見える場所へ、ピッケルを振り下ろした。
「えいっ!」
ざくっ、と先端が岩壁へ食い込む。
「思ったより柔らかいな」
ざくっ。
ざりっ。
まるで、その部分だけがもろくなっているかのように、簡単に岩が崩れていく。
何度か削っていると、壁の奥から一つの石が転がり落ちた。
魔物が落とす魔石とは違う。
ごつごつとした黒っぽい石で、一部が鈍く光っている。
「……なんだ、これ」
拾い上げて眺めてみるが、俺には何の石なのか分からなかった。
これは、買い取り所へ持っていって確認してもらった方がよさそうだ。
俺が石を見ている間も、いなりはじっと壁を見つめていた。
「あるじ。まだ光っています」
「まだあるのか?」
「はい。同じ場所の奥です」
「分かった」
俺は再びピッケルを構える。
今度は先ほどより少し強めに、壁へ振り下ろした。
ざくり、と先端が思った以上に深く食い込む。
「おっ?」
崩れた岩の奥から、さらに二つの石が転がり落ちた。
一つ。
二つ。
どちらも、最初に見つけたものと同じ黒っぽい石だ。
俺は三つの石を拾い、リュックへ入れた。
いなりは壁を見つめ続けていたが、しばらくして小さくうなずいた。
「あるじ。光が消えました」
「もうないってことか」
念のため、もう一度ピッケルを振るってみる。
けれど、今度は硬い音を立てて先端が弾かれた。
先ほどまでのように、壁へ食い込まない。
「これで、ここは打ち止めみたいだな」
「はい」
俺はピッケルをしまい、いなりへ向き直った。
「いなり。次に光る壁を見つけても、すぐには場所を教えないでくれ」
「いいですけど、どうしてですか?」
「俺も、自分の力で光る場所を見つけられるようになりたいんだ。少し離れた場所から、近くにあるとだけ教えてくれ」
「分かりました。あるじが自分で見つけるまで、待っています」
「よろしくな」
いなりには、最初から見えている。
今の俺は、場所を教えてもらい、目に魔力を集中させて、ようやく見つけられた。
けれど、魔力が関係しているなら、訓練すれば自分でも探せるようになるはずだ。
魔力を身体に纏う。
武器へ流す。
道具へ流す。
そして、目へ集める。
使い方は違っても、すべて同じ魔力なのだから。
「頑張るよ」
俺はいなりの頭を撫でた。
いなりは嬉しそうに目を細め、尻尾をふわふわと揺らした。
その後、第三層を隅々まで回ったが、掘ることのできる壁は、あの一か所だけだった。
第三層では、土偶とダンゴムシを合わせて十八体倒した。
今日一日の成果は、魔石三十六個と、正体不明の黒い石三個。
ダンジョンを出ると、俺たちはそのまま入口横の買い取り所へ向かった。




