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第71話

 家へ戻ると、母さんが台所から顔を出した。

「お帰りなさい。今からそうめんを茹でるから、みんな手を洗って待っててね」

「そうめん! おいしいです!」

 いなりが目を輝かせる。

「烈、静。手を洗いに行くぞ」

「了解」

「はい」

 烈は首元を引っ張りながら苦笑した。

「早くこの服を脱ぎたいな。やっぱり俺はTシャツの方が落ち着く」

「あるじ、今日はもうダンジョンへ行かないですよね?」

「ああ。午後はみんなで勉強タイムにしよう。着替えて、楽な格好でおいで」

「「「はーい!」」」

 三人はそれぞれ自分の部屋へ向かっていった。

 俺も着替えを済ませて居間へ向かう。

 テーブルには山盛りのそうめん。

 きゅうり、錦糸卵、ハム、刻み海苔、生姜などの薬味も並び、見ているだけで食欲が湧いてくる。

 親父と母さんは開所式の話で盛り上がっていた。

「いなりたちは、まだ着替えに時間が掛かりそうだな」

 親父が笑う。

「透、先に食べ始めるか?」

「いや、みんな揃ってから食べよう」

「そうね。その方がいいわね」

 ほどなくして烈と静が居間へやって来た。

 二人ともTシャツ姿になり、いつもの雰囲気へ戻っている。

 そして最後に、少し慌てた様子のいなりが駆け込んできた。

「あわわ……お待たせしちゃいました?」

「大丈夫。みんな揃ったし、食べよう」

「「「「いただきます!」」」」

 そうめんを食べ始めたところで、親父が思い出したように立ち上がった。

「そうそう。さっき車の中で話した腕時計だけど」

 引き出しから一本取り出し、いなりへ差し出す。

「男物だけど、これでよければ使ってくれ」

「父様、ありがとうございます。大切にします」

 嬉しそうに受け取るいなり。

 すると母さんが時計を見て苦笑した。

「あらあら。それじゃあ、いなりちゃんには少し大きいわ」

 自分の腕時計を外し、いなりへ差し出す。

「これなら女の子にも似合うでしょう?」

「母様……ありがとうございます!」

「あなた、もう一本腕時計あったでしょう?」

「ああ、確かあったな」

「それなら、その二本を烈くんと静くんに。私の時計はいなりちゃんにあげましょう」

 烈が少し驚いたように尋ねる。

「俺たちも、いただいていいのか?」

「もちろんよ」

 静も丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます。父上様、母上様」

 母さんは三人を見回して微笑む。

「こういうものは区別しちゃだめなの。みんな家族なんだから」

 親父は苦笑しながら頭をかいた。

「今後は気を付けます」

「ふふっ」

 母さんは嬉しそうに笑う。

「今までは透一人だったけど、家族が増えて賑やかになったわね」

 その言葉を聞いて、俺は母さんへ声を掛けた。

「あ、母さん。一つお願いがあるんだけど」

「なあに?」

「午後からここでみんな勉強する予定なんだ。

 その時、いなりに社会の常識とか生活のことを教えてあげてくれないかな。

 女の子同士だから話しやすいこともあると思うし、俺じゃ教えられないことも多いから」

 母さんは優しくうなずいた。

「もちろんよ。

 じゃあ午後は、いなりちゃんと一緒にお勉強しましょうか」

「母様、ありがとうございます!

 いなり、いっぱい勉強するです!」

 その笑顔を見ていると、母さんも本当に嬉しそうだった。

 母さんは、ごく自然に三人を自分の子どものように接している。

 それを見ていると、俺までうれしくなってきた。

 ◇

 昼食を食べ終え、テレビをつけると、ちょうどワイドショーでダンジョン特集が始まっていた。

『各国がダンジョン資源に注目する中、日本でも本日、愛知県知多市の尾張ダンジョンが正式に公開されました。』

『世界では"ダンジョンドリーム"という言葉も生まれ、探索者を志す若者が急増しています。』

『魔石を新たなエネルギー資源として活用する研究も各国で進められていますね。』

『さらに、ダンジョンでは宝石や鉱石の採取も確認されており、一攫千金を狙う探索者も少なくありません。』

「鉱石も採れるんだな。一応、小さいピッケルも持って行くか」

「あるじ、ダンジョンの壁は固いですよ」

「まだ二層までしか行ってないし、掘れる場所があるかもしれないだろ?」

「あるじのリュックに掛けておけばいいのです」

「そうだな。念のため持って行こう」

 テレビでは話題が続く。

『一方、日本ではダンジョン関連の法整備がまだ追い付いていません。』

『魔石の買取価格もようやく公表されたばかりで、海外と比べると対応が遅れているとの指摘もあります。』

『また海外では、トップアスリートが探索者へ転向する例も増えています。探索者はレベルアップによって身体能力が向上するとされており、オリンピックでもレベル制限の必要性が議論されています。』

「そんなに身体能力って変わるものなのか?」

 親父が俺を見る。

「普段は魔力を纏ってないから、そこまで変わらないよ。

 でも、魔力を纏った状態なら百キロくらいなら持ち上げられそうな感覚かな。走るのもかなり速くなる」

「普段やらないのは疲れるからか?」

「いや。力加減を間違えると、物を壊したり、人にケガをさせたりしそうだから。

 ダンジョンの中で魔力を纏っていても、疲れることはないよ」

 ちょうどその時、母さんが台所から戻ってきた。

「洗い物が終わったわ。そろそろ始める?」

「じゃあ勉強を始めるか」

 俺は二階へ上がり、中学時代の教科書を持って降りてくる。

 国語、数学、理科、社会、英語、それに情報の教科書をテーブルへ並べた。

「烈と静は二学期から中学一年生として編入する予定だから、とりあえずこれを使おう」

 親父が教科書を手に取り、ぱらぱらとめくる。

「これくらいなら俺でも教えられるな。

 二人は俺に任せておけ」

「「父上様、よろしくお願いいたします」」

 親父は苦笑した。

「そんなに固くならなくていいぞ。

『父さん』とか『親父』でもいいんだから」

 烈が少し考える。

「では……父様、と」

 静は微笑んだ。

「私は『父上』のままにいたします」

「まあ、好きな呼び方でいいさ」

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