第65話
七月十九日、金曜日。
学校では終業式があった。
体育館に集められた全校生徒へ、校長先生はいつもより長い話をした。
夏休み中の生活。
事故や事件への注意。
そして、ダンジョンについて。
「ダンジョンへの入場は、原則として自己責任です」
校長先生の声が、体育館に響く。
「ただし、未成年者が入場する場合は、必ず保護者の了解を得ること。無断での入場は、絶対にやめてください」
周囲では、ダンジョンの話題になると小さなざわめきが起こった。
愛知県で一般公開されているダンジョンは、今のところ三河の伊良湖岬の先端にある風属性ダンジョンだけだ。
入りたければ、そこへ行くしかない。
でも、西海南高校からはかなり遠い。
気軽に行ける距離じゃなかった。
俺たちの裏山ダンジョンは、八月一日から一般公開される予定だと聞いている。
藤堂さんからも、正式に連絡が来ていた。
それともう一つ。
ダンジョンへの入退場記録を残すことが、全国的に義務化されたらしい。
その結果、ダンジョンは二十四時間入れる場所ではなくなった。
基本の入場時間は、午前九時から午後五時まで。
入口の監視小屋で入場者を記録し、退出時にも確認を受ける。
藤堂さんの話では、将来的にはゲートを自動扉にして、二十四時間運用できる体制を作るつもりらしい。
まあ、第二層あたりから未帰還者が出始めてもおかしくない。
誰が、いつ入って、いつ出たのか。
その記録が必要なのは当然だと思う。
明日、夏休み初日の土曜日には、関係者だけで裏山ダンジョンの開所式を行うらしい。
親父と俺も参加する。
いなりや烈、静も呼ばれている。
神様関係の人たちも来るのだろうか。
真清田神社の橘宮司さんとか、神社庁の柳さんたちとか。
どういう顔ぶれになるのかは分からない。
でも、少し楽しみだった。
「ただいま」
「あるじ、おかえりなさい」
「「透様、おかえりなさい」」
玄関を開けると、いなりと烈、静がそろって出迎えてくれた。
何だろう。
ただ帰宅しただけなのに、妙に嬉しい。
「今日も特訓か?」
「はいです」
いなりが、少し得意そうにうなずく。
「烈と静も、やっと魔力が動くようになりました」
「本当か?」
「おう!」
烈が胸を張る。
「さっき、腹の奥にある何かが、少しだけ動いた気がした!」
「私もです」
静は落ち着いた声で言う。
「まだ感覚が曖昧ですが。以前よりは、はっきり意識できるようになりました」
「そうか」
それなら、次の段階へ進める。
「でも、魔力循環ができるようになるまでは、第一層だけだな」
「はい。それがいいと思います」
いなりが、すぐに答えた。
「第二層からは、強い魔物が出ます」
「強敵との戦いか!」
烈が、嬉しそうに拳を握る。
「第二層の敵は、かなり強いです」
いなりは、少しだけ真剣な声で続けた。
「魔力循環をしないと、まともに切りつけられないと思うです」
「烈」
静が、横から言った。
「僕たちの準備待ちになりそうです。頑張りましょう」
「了解だ!」
烈が、急に気合いを入れた。
「おおおおおおっ!」
その途端。
烈の身体から、魔力らしきものが勢いよく外へ噴き出した。
「れ、烈?」
いなりが目を丸くする。
「それは魔力循環じゃないです! 魔力放出です! 止めるです、ストーップ!」
「あっ」
烈の勢いが、急に止まる。
そのまま、ふらりと身体が傾いた。
「やっぱり、やるよな」
俺が思わず言うと、静がこちらを見る。
「透様も、経験があるのですか?」
「ああ。最初に似たようなことをやって、ぶっ倒れた」
「なるほど……」
静が、どこか納得したようにうなずく。
「め、目が回る……」
烈が、その場にしゃがみ込んだ。
「烈。無理に立ってないで、ここで横になりなさい」
いなりが、呆れたように言う。
「まったくもう」
「はい……いなり姉……」
烈は素直に、庭の縁側近くへ横になった。
いなりは、そんな烈を心配そうに見ながらも、ちゃんと様子を確認している。
教える側になったいなりは、少し前までの小さな子狐とは違って見えた。
「いなりは、いい先生になってるな」
「えへへ」
俺がねぎらうように頭を撫でると、いなりは少し照れながら尻尾を揺らした。
「いなりも、あるじに教えてもらったですから」
その笑顔を見ながら。
明日の開所式が終われば、また少しずつ状況が変わっていくんだろうなと思った。




