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第60話

 天火明命様は、境内の奥へ向けて声をかけた。

「来い。烈、静」

 次の瞬間。

 二つの気配が、近づいてきた。

「お呼びにより参上!」

「天火明命様。御前に参上いたしました」

 現れたのは、二人の少年だった。

 一人は、短く跳ねた髪に、元気そうな目。

 立っているだけで、今にも走り出しそうな雰囲気がある。

 もう一人は、落ち着いた表情で背筋を伸ばしていた。

 どちらも、見た目は中学生くらいだ。

「元気のいい方が烈。落ち着いている方が静だ」

「狛犬なんですか?」

「そうだ。烈が阿形、静が吽形だ」

 天火明命様が、にやりと笑う。

「二人とも。狛犬形態に戻れ」

「了解だぜ、ボス!」

「はい。ご命令を承りました」

 次の瞬間、二人の姿が変わった。

 淡い光が走る。

 そこに現れたのは、二体の狛犬だった。

 片方は口を開いた阿形。

 もう片方は、口を閉じた吽形。

 石像のような重厚さがありながら、生き物としての力強さもある。

 ……狛犬だ。

 性格はだいぶ違うけど、確かに狛犬だった。

「まあまあ。元気のいい子たちですね」

 母さんが、少し楽しそうに言う。

「さすが、いなりちゃんを受け入れてくださったお母様ですわね」

 宇迦之御魂神様が微笑む。

「透さん。いなりちゃんと二人だけでは、これから先、厳しい場面もあるでしょう?」

「この子たちと一緒に成長していってほしいのです」

「それで、この子たちも学校に?」

 母さんが尋ねる。

「そうしていただけると、助かりますわ」

 宇迦之御魂神様は、申し訳なさそうに続けた。

「近くに別の住まいを用意することもできます。ですが、安心して任せられるお家だと分かっているなら、小森家へお願いしたいのです」

「とりあえず、どなたかから詳しく説明していただけるんですよね?」

 親父が確認する。

「はい。一さん」

 宇迦之御魂神様は、うなずいた。

「このあと、真清田神社の宮司さんからお話ししていただく予定ですわ」

「それで、透はどうなんだ?」

 親父が俺を見る。

 烈と静が、こちらを見つめていた。

 心なしか。

 断られたらどうしようと、不安そうにしているように見える。

「一緒に住めるかどうかは、この後の話になるけど」

 俺は二人を見た。

「俺は……いや、私は。一緒にやれると思う」

 そして、隣にいるいなりへ尋ねる。

「いなりはどうだ?」

「あるじがいいなら、いなりも大丈夫です」

 いなりは、迷わず答えた。

「透」

 天火明命様が、少しだけ真面目な声になる。

「烈と静を預ける。導いてやってくれ」

「導くって、何をですか?」

「経験だよ」

 天火明命様は答えた。

「神社にいるだけでは、実戦経験を積む機会はあまりない。二人は強いが、ダンジョンで生きる術はまだ知らない」

「今回の世界の変化は、あの子たちにとっても大きな転機になる」

「だから、ちょうどいい機会だったんだ」

「なるほど……」

 俺は、狛犬形態から少年の姿へ戻った二人を見る。

「烈くん、静くん」

 二人が、ぴんと背筋を伸ばした。

「一緒にダンジョンへ行ってくれるか?」

「了解だ!」

 烈が、ぱっと顔を明るくする。

「えっと、何て呼べばいいんだ?」

「あー。俺は小森透。透でいいよ」

 すると、いなりが横から言った。

「いなりは、あるじと呼んでるです」

 烈が、さらに目を輝かせる。

「じゃあ、透様だな!」

「透様ですね。承知しました」

「いや、別に様はいらないんだけど……」

「呼びやすいので、これで!」

「私も、透様と呼ばせていただきます」

「……分かった」

 押し切られた。

「それで、この子たちはどうしたらいいんでしょうか?」

 俺が尋ねると、天火明命様がさらっと答えた。

「ああ。いなりちゃんと同じように、テイムしてやってくれ」

 その直後。

【目の前の狛犬があなたにテイムされたがっています。テイムしますか? 【Yes/No】】

【目の前の狛犬があなたにテイムされたがっています。テイムしますか? 【Yes/No】】

「二つ同時に出た……」

 どっちが烈で、どっちが静なのか。

 そこは、見れば分かるようにしてほしい。

 いや、今さら迷う理由はないけど。

 俺は、両方とも【Yes】を選んだ。

 すると、烈と静の身体が淡く光る。

 いなりをテイムした時と同じように。

 俺の中に、二人とのつながりが生まれる感覚があった。

「おおっ。これがテイムか!」

「なるほど。不思議な感覚ですね」

 烈は目を輝かせ、静は静かに胸元へ手を当てていた。

 いなりが、少し得意そうに胸を張る。

「これで、烈と静もあるじの仲間です」

「よろしくな、いなり!」

「よろしくお願いいたします、いなり様」

「いなり様?」

 いなりが、きょとんとする。

「神使としての先達ですので」

「せんだつ……」

 いなりは少し照れたように、尻尾を揺らした。

「武器は、もう渡してある。準備は不要だ」

 天火明命様が、さらっと言う。

「ちなみに、何を渡したんですか?」

「宝物殿へ納められた武具をもとに、霊的な写しを作った」

 天火明命様は指を折りながら説明する。

「烈には大太刀。静には刀と小太刀だ」

「あとで問題にならないですよね?」

「大丈夫だ。任せなさい!」

「その言い方が一番不安なんですが」

「細かいことは気にしない」

 気にする。

 かなり気にする。

 ただ、現物を持ち出したわけではなく、霊的な写しらしい。

 それなら、まだ問題は少ない……はずだ。

 烈は大太刀を背負い、静は刀と小太刀を身につけている。

 完全に前衛だ。

 それも、かなり頼りになりそうな前衛だった。

「烈、静」

 天火明命様が、二人へ声をかける。

「透くんといなりちゃんの言うことを、よく聞くんだよ」

「「はい!」」

 いい返事だった。

「天火明命が渡すなら、私からも」

 宇迦之御魂神様が言う。

 次の瞬間。

 小太刀が一本、いなりの前へ現れた。

 いなりは、小太刀と俺の顔を交互に見ている。

「いなり。もらっておきなさい」

「はい」

 いなりは、両手で小太刀を受け取った。

「これも、宝物殿に納められた武具をもとに作った、霊的な写しです」

「ありがとうございます」

 いなりは、小太刀を大事そうに抱えた。

「大切にします」

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