第59話
駐車場に車を止め、長い参道へ入る。
真清田神社の参道は、豊川稲荷とはまた違う雰囲気だった。
町の中にありながら、まっすぐ神社へ向かう道。
その先に、大きな楼門が見えてくる。
「立派です」
いなりが、小さくつぶやいた。
「そうだな」
俺も思わず、足を止めて見上げる。
尾張一宮。
その言葉の重みを感じるような、堂々とした門だった。
境内へ入る。
夏の午後で、日差しはかなり強い。
そのせいか、参拝者はまばらだった。
俺たち四人は拝殿へ向かい、手を合わせる。
真清田神社へ来ました。
宇迦之御魂神様に紹介されて、ここへ来ました。
そう心の中で唱えた瞬間。
周囲の音が、すっと消えた。
風の音。
蝉の声。
遠くを走る車の音。
すべてが、薄い膜の向こう側へ遠ざかっていく。
そして。
目の前に、声が響いた。
「よう。君が、宇迦之御魂神の神使をテイムしちゃった子?」
軽い。
第一声が、かなり軽い。
俺は顔を上げた。
そこには、長身の男が立っていた。
すらりとした体格。
整った顔立ち。
けれど、堅苦しさはない。
むしろ、何だか楽しそうにこちらを見ている。
「えっと……ここの神様ですよね?」
「ああ。俺は天火明命」
男は、にっと笑った。
「真清田神社の主神だな」
「天火明命様、初めまして」
俺は慌てて頭を下げる。
「いなりはテイムしました。でも、従わせているというよりは、仲間です」
俺がそう答えると、天火明命様は一瞬だけきょとんとした。
それから、楽しそうに笑い出す。
「ははっ。神様が顕現しても慌てずに言葉を返すなんて、君はなかなかすごいね」
「あ、すみません。宇迦之御魂神様があまりに気さくに接してくださるので、つい甘えてしまいました」
俺は慌てて、膝をつこうとした。
だが、その前に天火明命様が手を上げる。
「いや、いいよ。今のは意地悪な聞き方だった」
「そうなんですか?」
「そうそう。別に畏まってほしいわけじゃないんだ」
天火明命様は、肩をすくめた。
「神様相手に自然に話せる人間って、案外少ないんだよ。宇迦之御魂神から君の話を聞いて、会ってみたくなった」
「ということで、俺にも普通に話していいよ」
「ありがとうございます」
「で、その子が神使か」
「はい。いなりといいます」
いなりが、麦わら帽子を両手で押さえながら、ぺこりと頭を下げた。
「いなりです。よろしくお願いします」
「いなりちゃんも、いつもどおりでいいよ」
天火明命様は、少しだけ笑う。
「……と言っても、別の神の前だと難しいかな?」
「そうですよ、天火明命」
聞き慣れた声がした。
「私のいなりちゃんをいじめるなら、連れて帰ります」
「宇迦之御魂神様?」
俺は思わず声を上げた。
気づけば、すぐそばに宇迦之御魂神様が立っていた。
相変わらず、柔らかい笑みを浮かべている。
「こちらにも稲荷社がありますからね」
宇迦之御魂神様は、にこにこと言う。
「それに、皆さんをこちらへご案内したのは私ですから」
「一さん、恵さん。先ほどぶりですね」
「こちらまで来ていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ」
母さんが、すぐに笑顔で答えた。
「いなりちゃんのこれからのためですもの。できることは頑張りますわ」
「ありがとうございます」
宇迦之御魂神様は、嬉しそうに目を細めた。
「では、こちらからもひとつお願いがあります」
「お願い、ですか?」
「透さん。いなりちゃん以外の神使も、飼ってみませんか?」
「えっと、宇迦之御魂神様」
俺は、思わず口を挟んだ。
「いなりはテイムしていますが、仲間で家族です。宇迦之御魂神様とはいえ、飼うみたいな言い方は訂正してください」
「あ、あるじ」
いなりが慌てて、俺の袖を引いた。
「宇迦之御魂神様ですよ。神様ですよ」
「いなり。たとえ神様であっても、いなりを大事に扱ってくれるなら、そこはちゃんとしてもらわないと」
「ふふふ」
宇迦之御魂神様は、楽しそうに笑った。
「天火明命。これが透さんですわ。どうですか?」
「そうだな」
天火明命様も、どこか面白そうにうなずいた。
「俺からもお願いしよう」
「我が神使を、しばらく透に預けたい」
「天火明命様の神使ですか?」
「まだ若い狛犬の兄弟がいてな」
天火明命様は、境内の奥へ視線を向けた。
「この世界が変わっていくなら、あの子たちにも世の中を見せてやりたいんだ」
「親父、母さん。どうしよう」
「まずは、その狛犬様に会ってみたらどうだい?」
親父が言った。
「そうだな」
俺も、うなずく。




