第58話
豊川稲荷を出て、来た道を戻る。
高速道路に乗り、今度は一宮市の真清田神社を目指した。
豊川稲荷で食べた稲荷寿司は、思っていた以上に種類が多かった。
定番のものだけでなく、五目やわさび、変わり種まであった。
どれもおいしかったです。
「神様に会ったとは聞いていたが、あんな感じに会ったのか」
運転席の親父が、前を見たまま言った。
「うん。宇迦之御魂神様しか会ったことはないけど、優しくて綺麗な方だよね」
「宇迦之御魂神様は、確かに綺麗なお方です」
後部座席のいなりが、少しだけむっとした声を出す。
「ですが、あるじは鼻の下を伸ばしすぎです!」
「伸ばしてないだろ」
「伸ばしていました」
即答だった。
母さんが、楽しそうに笑う。
「いなりちゃんも大きくなれば、宇迦之御魂神様と同じくらい綺麗になると思うわよ」
「ほんとですか?」
「ええ。きっとね」
母さんは、いなりへ顔を寄せて何かを小声で囁いた。
いなりは一瞬だけ目を丸くしてから、こくんとうなずく。
「あい。頑張るです」
「……何の話?」
「内緒です」
母さんといなりが、そろって言った。
俺には聞かせられない話らしい。
帰りは俺が助手席に座り、母さんといなりが後ろへ乗っている。
さっきから後ろでは、何やら楽しそうな内緒話が続いていた。
「しかし、神社庁の人たちも大変だよな」
俺はふと思ったことを口にした。
「いなりの戸籍とかも、作ってくれるんだろうか?」
「戸籍?」
いなりが首を傾げる。
「学校に通うには、本人の登録が必要になるだろ。そういう手続きの土台になるのが戸籍だ」
「そういうものがあるのですね」
「いなりは元々、妖狐だったからな」
親父が言う。
「普通なら、いてもペット扱いまでだろう。けど、学校に通わせるという話が出たなら、人として生活するための準備まで考えてくれているんじゃないか」
「そうか……」
いなりは、自分の両手を見つめた。
「いなりにも、人としての居場所ができるのでしょうか」
「できるようにするんだろ」
俺は振り返らずに答えた。
「宇迦之御魂神様も、母さんも親父も、そのつもりなんだから」
「はいです」
小さな返事だった。
でも、少しだけ安心したような声だった。
「びっくりだね」
母さんが、穏やかに笑った。




