第56話
七月十三日、土曜日。
今週は、ダンジョンに入れない。
朝、キャンプ場の近くまで行ってみたけれど、入口の周辺は工事用の柵で囲われていた。
中では重機の音がしていて、とても近づける雰囲気じゃない。
少し寂しい気もする。
でも今日は、家族で豊川稲荷へ行く日だ。
何だか遠足前みたいで、朝から落ち着かない。
……我ながら、子供っぽいとは思う。
いなりは、白いワンピースに麦わら帽子という格好だった。
母さんに朝から着せ替えられたらしい。
白いワンピースの裾には、小さな赤い花の刺繍が入っている。
髪には細い赤いリボン。
狐耳と尻尾は、きちんと隠していた。
「いなり、大丈夫か?」
「あ、あるじ。だ、大丈夫です……」
声は元気そうなのに、少しだけ目がとろんとしている。
「何か最初からお疲れモードだな」
「母様が、とても気合いを入れてくださって……」
いなりは、少し困ったように笑った。
「車の中で寝ててもいいぞ」
「あい。たぶん大丈夫です。がんばります」
家の車は、キャンプへ行くことも多いワンボックスカーだ。
今日はテントや寝袋を積んでいないので、後ろの席はかなり広い。
親父が運転席に座り、母さんが助手席へ乗る。
俺といなりは、後ろの席だ。
「じゃあ、出発するぞ」
「はーい」
「はいです」
車がゆっくりと家を出る。
高速道路に乗ってからは、一時間ほどだった。
思っていたより近い。
いなりは途中から眠るかと思ったけれど、外の景色が気になるらしい。
窓の外をずっと見ながら、にこにこしていた。
山。
田んぼ。
知らない町の建物。
高速道路のサービスエリア。
何を見ても、いなりにとっては新鮮なんだろう。
しばらくして、豊川稲荷の駐車場へ到着した。
「いなり、降りて少し歩くぞ」
「はいです」
「耳と尻尾は、ちゃんと隠しておけよ」
「はい。これでいいですか?」
いなりは車を降りると、その場でくるりと回った。
白いワンピースのスカートが、ふわっと広がる。
まるで、どこかのお嬢様みたいだった。
「うん。可愛いぞ」
「あるじ。可愛いではなく、耳と尻尾は大丈夫ですか?」
「出てない、出てない。ばっちしだ」
「よかったです」
真面目に確認していたいなりは、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
俺は笑いながら、いなりへ手を差し出す。
「じゃあ、行くか」
いなりは俺の手と俺の顔を何度か見比べた。
それから、にっこり笑う。
「はい」
小さな手が、俺の手を握った。
駐車場から豊川稲荷までの道には、門前町が続いていた。
お土産屋。
食べ歩きの店。
きつねを描いた小物。
赤い鳥居を模した飾り。
いなりは目をきらきらさせながら、あちこちを見ている。
「いなり。帰りに寄ろうな」
「はい♪」
俺を見上げて、いなりは嬉しそうに笑った。




