第55話
藤堂さんたちが帰ったあと。
親父は玄関の外を見送りながら、ふっと息を吐いた。
「来週の月曜から、再来週の金曜日まではダンジョンは閉鎖だ」
「二週間、か」
「工事中に何かあっても困るからな」
親父はそう言ってから、いなりの方を見た。
そして、片目をつむる。
「来週の週末は、豊川に行ってみるか?」
「えっ」
いなりの耳がぴんと立った。
けれど、その横で母さんがすかさず口を挟む。
「お父さん。そんなことをすると、いなりちゃんに嫌われちゃいますよ」
母さんはそう言いながら、いなりをぎゅっと抱きしめた。
「ねー、いなりちゃん?」
「あ、あわわ……」
抱きしめられたいなりは、少し慌てながらも首を横に振った。
「母様。わたしは、父様を嫌ったりしませんよ」
「まあっ」
母さんは嬉しそうに、さらにいなりを抱きしめる。
「いなりちゃん、いい子ねえ」
「く、くるしいです、母様……」
何となく張りつめていた空気が、一気に柔らかくなった。
俺も思わず笑ってしまう。
「豊川稲荷には行ってみたかったし、ぜひ行きたい」
いなりは母さんの腕の中から、少しだけ顔を出した。
「宇迦之御魂神様に、会えるかもしれないですし」
「わたしも、お会いしてみたいわ」
母さんが、妙に真剣な顔で言う。
「母さんと話、合いそうな感じだったよね」
俺が言うと、いなりはこくりとうなずいた。
「はい。母様とは、何だか雰囲気が似ているような……」
いなりは少し考え込んでから、言葉を探すように続けた。
「そうです。あったかい感じが、似ているです」
「まあ!」
母さんが、ぱっと顔を輝かせた。
「いなりちゃんに、神様と一緒って言われちゃった」
「それ、褒めてるのかな」
「褒めてますよ」
いなりが、慌てたように言う。
「母様は、とってもあったかいです」
「もう、お母さん泣いちゃいそう」
「泣かないで。まだ豊川にも行ってないから」
俺が言うと、親父が小さく笑った。
「じゃあ、俺も来週に向けて車を洗っておくかな」
「俺たちは、今日の昼からと明日、ダンジョンに行ってくるよ」
俺が言うと、母さんは少しだけ心配そうに眉を下げた。
「気をつけるのよ」
「はい」
「はいです」
俺といなりの声が重なった。
それを聞いた母さんは、少しだけ安心したように笑った。




