第51話
一階へ戻ると、母さんが夕飯の支度をしていた。
「母さん」
「なあに?」
「いなり、疲れ果ててたよ。連れ回すのはいいけど、ほどほどにしてくれ」
母さんは少しだけ気まずそうに目をそらした。
「楽しくなって、連れ回しちゃったのは悪かったわ。これからは気をつけます」
「本当に頼むよ。いなりはまだ小さいんだから」
「分かってるわ」
母さんは苦笑する。
「でも、いなりちゃん可愛いんだもの。女の子も欲しかったから、つい楽しくなっちゃって」
「悪かったね、男で」
「あら。あなたはあなたで、育てがいがあったのよ」
「それ、褒めてる?」
「もちろん」
母さんは笑いながら、鍋をかき混ぜる。
その表情は、少し楽しそうだった。
「いなりちゃんと一緒に料理を作ったり、お買い物したりするの、楽しいのよ」
「まあ、ほどほどに頼むよ」
「分かってます」
「本当に?」
「たぶん」
「そこは断言してほしかった」
母さんは楽しそうに笑った。
俺は小さくため息をつく。
でも、嫌な気分ではなかった。
いなりが家で過ごす時間を、母さんも大切にしている。
それは、ちゃんと伝わってくる。
母さんの暴走さえ抑えられれば。
……そこが一番の問題なんだけど。
七月最初の金曜日。
親父が仕事から帰るなり、俺に言った。
「明日、市役所のダンジョン担当――藤堂さんと打ち合わせがある」
「打ち合わせ?」
「ああ。他にも参加者がいるらしくてな。東部公民館でやるそうだ。藤堂さんが迎えに来てくれるらしい」
親父は鞄を置きながら、少しだけ難しい顔をした。
「どうも、ダンジョン周りの土地を借りたいという話らしい」
「どういうこと?」
「新宿の事故を見て、防護柵と監視カメラ、それから監視小屋を設置したいんだろう。ダンジョンブレイクが起きた時、少しでも避難する時間を作るためにな」
七月一日の新宿。
未発見のダンジョンから火属性の魔物があふれ、多くの人が巻き込まれた。
あの映像を思い出すだけで、胸の奥が重くなる。
「拒否して、何かあった時にうちの責任になるのも怖い。一応、俺は受けるつもりだ」
「……俺も聞いておいた方がいい?」
「透も一応、来るか?」
「分かった。参加する」
ダンジョンを見つけたのは俺だ。
いなりと出会ったのも、あの場所だ。
親父だけに任せきりにするのは、違う気がした。
「まあ、契約や細かい決め事は親父に任せてくれればいい」
親父はそう言って、俺の肩を軽く叩いた。
「柵ができても、俺たちが今までどおり入れるようには交渉する」
「ありがとう、親父」




