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第50話

 新宿だけではなかった。

 北海道。

 岩手。

 宮崎。

 各地の山林でも、未発見ダンジョンの氾濫が確認された。

 ただし、こちらは民家から遠い山中で発生したため、人的被害は少なかった。

 大量の水属性の魔物や、土偶のような土属性の魔物が出現した地域もあった。

 警察、自衛隊、消防の連携によって、少しずつ鎮圧されていく。

 山林の一部が荒らされ、土砂崩れの危険が生じた場所もある。

 水属性のダンジョン周辺では、急な増水のような被害も確認された。

 それでも、新宿の火属性ダンジョンほどの惨事にはならなかった。

 最終的に、日本国内で判明したダンジョンは七十九か所。

 発見済み七十か所。

 そして、七月一日のダンジョンブレイクによって新たに判明した九か所。

 ニュースでは、繰り返しその数字が報じられていた。

 七十九。

 日本に存在するダンジョンの数。

 それは同時に、毎月必ず管理しなければならない危険地帯の数でもあった。

 俺はテレビを見つめながら、膝の上のいなりを撫でた。

「あるじ……」

 いなりが小さく、俺を呼ぶ。

「うん」

「こわいです」

「ああ。俺も怖い」

 正直に答えた。

 ダンジョンは、楽しいだけの場所じゃない。

 レベルが上がる。

 職業が増える。

 魔石や資源が手に入る。

 そういう可能性がある一方で、放置すれば人が死ぬ。

 今日、それがはっきりした。

「でも、だからこそ……俺たちはちゃんと見ていかないとな」

「はい。わたしも、あるじと一緒に頑張ります」

「頼りにしてる」

 俺はいなりの頭を撫でる。

 テレビでは、新宿の黒煙がまだ映っていた。

 七月一日。

 その日、世界はダンジョンの本当の危険を知った。

 そして日本もまた、ダンジョンと共に生きていくしかない現実を突きつけられた。


 翌日から、またいつもの日常が始まった。

 少なくとも、俺の周りでは。

 いつものように学校が終わり、家に帰る。

「ただいま」

「おかえり」

 台所から、母さんの声がした。

 いつも通りの声だ。

 ひとまず、それだけで少し安心する。

 俺は鞄を持ったまま、二階の自分の部屋へ向かった。

 扉を開ける。

 そして、固まった。

「……増えてる」

 部屋の隅に、見覚えのないカラーボックスが追加されていた。

 白い二段のカラーボックス。

 中には、小さな服がきれいに畳まれている。

 ワンピース。

 カーディガン。

 小さな靴下。

 リボン。

 なぜか、ミニサイズの帽子まである。

 どう見ても、いなり用の服だった。

「……俺の部屋だよな、ここ」

 思わず確認してしまう。

 間違いなく、俺の部屋だ。

 ただし、少しずついなりの生活空間が広がってきている。

 いや、侵食という言い方はよくないか。

 家族が増えた結果、物も増えた。

 そう考えれば自然だ。

 自然……なのか?

 俺はいったん部屋を出て、一階へ戻った。

「母さん」

「なあに?」

「部屋のカラーボックスは?」

「ああ、いなりちゃんの服を一緒に買いに行ってきたの」

「服」

「そう。いなりちゃん、可愛いから何を着せても似合うのよ。楽しかったわ」

 母さんは実に満足そうだった。

 完全にやり切った顔である。

「それで、いなりは?」

「部屋にいない?」

「見てくる」

 俺はもう一度、自分の部屋へ戻った。

 ベッドを見る。

 そこに、一匹の小さな狐がいた。

 紅を帯びた毛並みの小狐が、ベッドの上でぐったりと伸びている。

 完全に電池切れだった。

「いなり。大丈夫か?」

 声をかけると、いなりがぴくりと耳を動かした。

「あ、あるじ……おかえりです」

「ただいま。ずいぶん疲れてるな」

「今日は、母様とお出かけして……疲れたのです」

「何をしたんだ?」

「お洋服を見て……着て……また着て……またまた着たです……」

「あー……」

 だいたい分かった。

 母さん、完全に暴走したな。

 俺はベッドの横に座り、いなりの頭を撫でた。

 いなりは目を細める。

 疲れてはいるが、嫌そうではない。

 それが少しだけ救いだった。

「母様とお出かけするのは、楽しかったです」

「うん」

「でも、着替えはそんなにしたくないです」

「そうか」

 俺は苦笑した。

「そこは母さんに言っておくよ」

「はい。お願いします」

「ご飯まで、そのまま寝てていいよ」

「はい。おやすみなさいです」

 いなりは小さく返事をすると、ベッドの上で丸くなった。

 すぐに、すうすうと寝息が聞こえてくる。

 よほど疲れたらしい。

 俺はもう一度いなりの頭を撫でてから、静かに部屋を出た。

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