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第47話

 第二層も、見た目は洞窟だった。

 ごつごつした岩壁。

 湿った空気。

 足元は、それなりに平らで歩ける程度には整っている。

 ただ、第一層より少しだけ空気が重い気がした。

 奥から漂ってくる湿気も、岩の匂いも、どこか濃い。

「……雰囲気は似てるけど、第一層とは違うな」

「はい。少し、嫌な感じがします」

 いなりが俺の隣で、耳をぴくぴく動かす。

 俺はリュックから赤いリボンを取り出した。

 第二層に入ってすぐの場所。

 それから、最初の分かれ道。

 右へ曲がったなら、右の壁際にリボンを置く。

 戻る時に分かるように、輪の向きもそろえておく。

 ダンジョンの壁は、鉈でも傷一つつかなかった。

 だから、ここではリボンを置いていくしかない。

 ダンジョンで迷子になって出られない。

 そんな情けない死に方だけは、絶対に避けたい。

「あるじ。帰り道の確認は大事ですよね」

「ああ。帰り道は大事だからな」

 いなりの鼻や耳は、たぶん俺よりずっと頼りになる。

 それでも、目で分かる印は残しておいた方がいい。

 魔法や感覚に頼りきりになるのは怖い。

 俺たちは慎重に進んだ。

 しばらくすると、奥から音が聞こえてきた。

 ずず……ではない。

 第一層の土偶が身体を引きずる音とは違う。

 がさ……。

 がさがさ……。

 何かが硬い足で地面を歩くような音だった。

「いなり、何かいる。気をつけろ」

「はい」

 いなりが鉈の柄に手を添える。

 俺も六尺棒を構えた。

 通路の角から、そっと先を覗き込む。

 そこにいたのは――。

「……でかいダンゴムシだな」

 思わず、そんな感想が口から漏れた。

 大きさは、俺の腰くらいまである。

 丸みを帯びた硬そうな背中。

 節のある甲羅。

 無数の足。

 見た目は完全にダンゴムシだ。

 ただし、サイズが悪夢みたいに大きい。

 たぶん、これが警察の人たちも確認した魔物だ。

 第二層に新しい敵が出ていたことは、もう市も警察も把握している。

 だから俺は、今さら電話をかけることより、目の前の一体に集中した。

「あるじ、来ます」

 いなりの声に、俺は一気に意識を戻した。

 巨大なダンゴムシみたいな魔物が、こちらに気づいたらしい。

 がさがさと足を動かし、ゆっくりと向きを変える。

「いなり、先制攻撃だ!」

「はい。《狐火》!」

「《魔力弾》!」

 いなりの前に、橙色の火の玉が浮かぶ。

 俺の前にも、青白い球が浮かぶ。

 それらが一直線に飛び、巨大なダンゴムシみたいな魔物の正面へぶつかった。

 ぼんっ、と小さな爆発。

 突進しかけていた魔物の動きが止まる。

 効いた。

 そう思った次の瞬間。

 魔物は身体をぎゅっと丸めた。

 硬い甲羅で全身を覆うように、完全な球体になる。

「丸まった……」

 俺は六尺棒を構えながら、いなりの前へ出た。

「あるじ、どうします?」

「分からない。近づきすぎるなよ」

 俺は慎重に一歩前へ出た。

 その瞬間だった。

 丸まった魔物が、突然動いた。

 球体のまま、ものすごい勢いで転がってくる。

「っ!」

 速い。

 思っていたより、ずっと速い。

 俺はとっさに盾を構えた。

 真正面から受け止めるのではなく、斜めに受け流す。

 がんっ!

 重い衝撃が、両腕を襲った。

 魔物は俺の横をかすめ、そのまま壁へ激突した。

 鈍い音が洞窟内に響く。

「あるじ!」

「大丈夫!」

 俺はすぐに体勢を立て直し、壁にぶつかって止まった魔物へ駆け寄った。

 丸まったままの甲羅に向かって、六尺棒を振り下ろす。

 がつんっ!

 硬い。

 土偶とは、まるで違う。

 しかし、背中の殻の一部が割れた。

 魔力を纏って、これか。

 土偶なら一撃でめり込ませられたのに、こいつは殻の一部が割れただけだ。

「くそ、硬いな!」

 いなりも近づき、鉈を振るう。

 けれど、結果は同じだった。

 殻の一部が割れただけ。

「いなり、殻の割れたところを重点的に狙うぞ」

「はい」

 俺は殻の割れ目へ、六尺棒の先を突き込んだ。

 今度は、わずかに刺さる。

 そのまま、棒をひねる。

 ぐり、と手応えがあった。

 巨大なダンゴムシみたいな魔物が、丸まった防御態勢を解除する。

「いなり、腹側に狐火を撃ち込め!」

「はい!」

 いなりが腹側へ回り込むまで、俺は六尺棒を握りしめた。

 棒を外されないようにしながら、魔物の動きを押さえ込む。

「行きます。《狐火》!」

 橙色の火の玉が、甲羅に守られていない腹側へ当たる。

 ぼんっ、と火が弾けた。

 魔物の足が、びくびくと震える。

 しばらくして、動かなくなった。

 次の瞬間。

 魔物の身体が、淡く光り始めた。

「え?」

 巨大な身体が、光の粒になってほどけていく。

 土偶のように土になって崩れるのではない。

 さらさらと、空気に溶けるように消えていった。

 あとには、静かな洞窟だけが残る。

 その直後。

 頭の中に、澄んだ声が響いた。

【レベルが上がりました】

【僧侶のレベルが上がりました】

「……レベルアップ?」

 俺は思わずつぶやいた。

 最近は第一層の土偶を倒しても、ほとんど反応がなかった。

 けれど、今の巨大なダンゴムシみたいな魔物は違ったらしい。

 第二層の敵。

 第一層とは違う強さ。

 そのぶん、得られる経験も大きいということか。

「わたしも上がりました!」

 いなりが、ぱっと顔を上げる。

「狐巫女のレベルが上がりました!」

「そっか。やっぱり、こいつは強敵扱いなんだな」

「はい。硬かったです。速かったです。ちょっと怖かったです」

「俺も怖かった」

 正直に言うと、いなりは少しだけ驚いた顔をした。

 それから、嬉しそうに笑う。

「あるじも怖かったですか?」

「ああ。でも、いなりがいたから何とかなった」

「わたしも、あるじがいたから頑張れました」

 そう言われると、少し照れる。

 なんとか倒せた。

 でも、楽勝ではなかった。

 土偶とはまるで違う。

 硬い。

 速い。

 丸まっての突進も危ない。

 いなりがいなければ、やられていたのは俺だった。

 光の粒が完全に消えたところで、いなりが耳をぴくりと動かした。

「あるじ、また何か落ちています」

「さっきの石か?」

「違います。色が違います」

 いなりが指差した場所に、小さな石が落ちていた。

 土偶から出た石とは違う。

 淡い黄色の透明感を持つ石。

 ヘルメットのライトを受けて、きらりと光る。

「……宝石っぽいな」

 拾い上げてみる。

 小さい。

 でも、ただの石ではない。

 透明感があって、内側に光を抱いているように見える。

「鑑定はできないけど……」

 魔石だけじゃない。

 宝石のようなものも出る。

 第一層と第二層では、得られるものが違うのかもしれない。

「巨大なダンゴムシみたいな魔物を倒すと、宝石が出るのか」

「ダンゴムシのおみやげですね」

「おみやげか。いい言い方だな」

 俺は苦笑しながらも、内心ではかなり驚いていた。

 第一層では魔石。

 第二層では宝石のような石。

 これは警察の人たちも、もう確認しているのだろうか。

 さっき藤堂さんたちは、二層にも入ったと言っていた。

 なら、魔物のことも、ドロップのことも報告されているはずだ。

 今日は確認のために入っただけだ。

 俺が今するべきなのは、深追いしないことだった。

「……一度出よう」

「そうですね」

「ああ。今日は確認だ」

「はい。母様も心配しています」

 俺は宝石のような石をリュックへしまい、来た道を振り返った。

 置いてきたリボンを確認しながら戻る。

 第二層へ続く階段。

 光る石。

 巨大なダンゴムシみたいな魔物。

 俺といなりは慎重に第一層へ戻り、そのままダンジョンの出口へ向かった。

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