第46話
視界が切り替わる。
薄暗い洞窟。
湿った空気。
ごつごつした岩壁。
入口付近の景色は、以前と変わっていないように見えた。
「……ぱっと見は同じだな」
俺はヘルメットのライトを点け、周囲を確認する。
白い出口も、いつも通り後ろに浮かんでいた。
まずは耳を澄ませる。
ずず……という土偶の音は、今のところ聞こえない。
念のため、足音を抑えて進む。
最初の角を曲がったところで、俺は小さく声をかけた。
「いなり、もういいぞ」
「はい」
肩の上にいた気配が、ふわりと降りる。
隠形を解いたいなりが、俺の隣に姿を現した。
今日は少女の姿だ。
紅い髪。
紅白の狐耳。
紅白の巫女装束。
背中では、ふわふわの尻尾が揺れている。
俺はリュックに固定していた鉈を外し、いなりへ差し出した。
今日は俺が僧侶なので、鉈は使わない。
「いなり、鉈だ」
「はい。ありがとうございます」
いなりは鉈を受け取ると、小さく素振りをして確かめた。
いなりにとっても、持ち慣れた武器になりつつある。
巫女服の少女が鉈を持っている絵面には、若干の狂気が漂う気もする。
小太刀とか、もっと似合う武器が見つかるといいんだけどな。
「とりあえず、土偶はいつものように狐火で先制して、近接攻撃に移る」
「分かりました。任せてください」
「いつものように無理はするなよ」
「あるじもです」
「分かってる」
俺は六尺棒を握り直し、通路の奥を見る。
「じゃあ、まずは土偶を倒しておくか」
「はい。七月分の確認ですね」
そんな会話をしながら、俺たちは奥へ進んだ。
土偶はすぐに見つかった。
三体。
以前なら、少し緊張する数だ。
でも、今は違う。
土偶相手の戦いは、もうだいぶ経験した。
いなりは狐巫女になり、俺も職業を切り替えながら戦うことに慣れてきている。
何度も倒してきた相手だ。
「いなり、左を頼む。俺は右から行く。真ん中は様子を見て片づける」
「はい」
いなりの前に、橙色の狐火が浮かぶ。
「《狐火》」
火の玉が左の土偶へ飛び、ぼんっと小さな爆発を起こした。
同時に、俺も右の土偶へ右手を向ける。
「《魔力弾》」
ピンポン玉ほどの魔力弾が、右の土偶へ飛ぶ。
右肩へ命中した瞬間、小さな爆発が起きた。
土偶の右腕が、肩の付け根から吹き飛ぶ。
「行こう」
「はい」
俺は魔力を纏いながら、右の土偶へ踏み込んだ。
六尺棒を突き出す。
胸の中央を、狙い通りに捉えた。
ごんっ、と鈍い音。
土偶の身体にひびが走り、その中心から小さな魔石が飛び出す。
土偶は、ぼろぼろと崩れ落ちた。
いなりは左の土偶が振るった拳をかいくぐり、鉈を振るう。
狐火で胸に開いた傷へ、鉈の刃が深く入る。
こちらも魔石を残して、崩れた。
「ナイス、いなり」
「ありがとうございます」
「あとは真ん中のやつだ。一緒に行くぞ」
「はい」
獲物の長い俺が、先に動く。
上段から、六尺棒を振り下ろした。
土偶の頭が砕ける。
ぐらりと体勢を崩した土偶の背後へ、いなりが回り込む。
鉈を振り抜く。
最後の一体も、ほどなく崩れ落ちた。
魔石を回収して、一息つく。
「とりあえず、土偶の強さは変わってないな」
「そうですね」
それから第一層をできる限り巡った。
出てくるのは土偶だけ。
しかも、同時に現れる数は三体までだった。
六月と同じだ。
第一層の奥には、最初から第二層へ続く階段がある。
最初に見つけた時は、いなりが強く嫌がった。
俺たちも土偶一体を倒すだけで苦戦していたから、下りる選択肢なんてなかった。
今は違う。
階段の前に立っても、あの時ほどの恐怖はない。
「第二層、か」
思わず、喉が鳴った。
第一層の土偶では、もうレベルが上がりにくくなっている。
次の敵が欲しいとは思っていた。
でも、実際に下へ続く階段を目にすると、やっぱり緊張する。
階段に向かって耳を澄ませる。
……音はしない。
少なくとも、すぐ近くに何かがいる様子はなかった。
「いなり、どうだ」
「前に比べると、怖い感じは少なくなっています」
「それは、俺たちが強くなったからなのか?」
「分かりません。でも、ぞわっとする感じは少ないです」
「警察の人たちも、下まで確認したって言ってた」
「はい。だからといって、油断は駄目です」
「分かってる」
六尺棒を強く握り直す。
いなりは鉈を構えて、俺の横に立った。
「とりあえず、階段の出口だけ確認する。奥までは行かない」
「はい」
俺たちは慎重に階段を下り始めた。
そして、第二層へ初めて足を踏み入れた。




