第45話
昼食を食べ終えたあと、俺は立ち上がった。
「ちょっとダンジョンを見てくる」
俺がそう言うと、母さんは心配そうに眉を下げた。
「気をつけて行ってくるのよ。いなりちゃんもね」
「はい、母様。ちゃんとあるじを守ります」
いなりは可愛らしい巫女姿で、ぺこりと頭を下げる。
今は家の中なので、人型のままだ。
紅い髪に、紅白の狐耳。
背中では、ふわふわの尻尾が揺れている。
最初こそ見慣れなかったが、数日も一緒にいれば、この姿もすっかり日常になってしまった。
……いや、日常って何だろうな。
「外に出たら隠形な」
「はい」
「「行ってきます」」
「行ってらっしゃい」
母さんに見送られ、俺といなりは家を出た。
家から少し離れたところで、いなりは小さくなり、隠形を使って俺の肩に乗る。
首元に、ふわりとした温かさが生まれた。
今日は七月一日。
朝九時に、ダンジョンは改変された。
ニュースでは、新宿の火属性ダンジョンブレイクが大きく報じられている。
未発見のダンジョンがあふれ、死者や行方不明者が出た。
未発見ダンジョンの危険性が、全国に突きつけられた。
その映像を見た後だと、ただのレベル上げ気分でダンジョンへ向かうことはできなかった。
俺の裏山にあるダンジョンは、すでに発見されている。
市も警察も把握している。
テレビでも、愛知県西部のダンジョンは異常なしと報じられていた。
六月中にも定期的に入り、土偶を倒してきた。
だから、大丈夫なはずだ。
でも、本当に何も変わっていないとは限らない。
今日は、七月に入って初めてのダンジョン探索になる。
一次職を上げている途中だが、僧侶はもう上がりにくくなっている。
それでも、ダンジョンが改変された直後に慣れない職業へ変えるのは危険だ。
「今日も僧侶にしておくか」
俺はステータスを開き、現在の職業が僧侶になっていることを確認する。
プロテクター。
盾。
六尺棒。
持ち物を確認してから、俺は裏山へ向かった。
◇
ダンジョンの入口に近づくと、数人の人影が見えた。
市の職員と警察官。
どうやら朝から行っていた監視と確認を終えて、撤収準備をしているところらしい。
「こんにちは」
俺が声をかけると、藤堂さんが振り返った。
「おお、透くん。今から入るのかい?」
「はい。七月分の確認をしておこうかと。今日のニュースを見て、やっぱり放置は危険だと思ったので」
「そうだね」
藤堂さんは重々しくうなずいた。
「一応、警察の人にも入ってもらった。第一層は今までと変わらない。奥の階段から下も確認しているが、今のところ大きな異常はないそうだ」
「二層まで入ったんですね」
「ああ。新宿の映像を見ると、確認しないリスクの方が大きい」
「そうですね。俺も、自分で見ておこうと思って来ました」
「われわれは、もうすぐ撤収する予定だ。透くんも気をつけてな」
「はい。ありがとうございます」
警察の人たちが二層まで確認しているなら、少なくともあそこに何かが出たとしても、もう把握されているはずだ。
俺はキャンプ場でプロテクターを付け、盾と六尺棒を手に取った。
もちろん、俺だって命を懸けてまで無茶をするつもりはない。
でも、このダンジョンは俺が見つけた場所だ。
いなりと出会った場所でもある。
ここを放置して何かあったら、近所にも迷惑がかかる。
「では、行ってきます」
「ちゃんと備えているな。気をつけて」
「異常があったら、すぐ連絡してくれ」
「はい」
俺は黒い入口の前に立った。
一度、深呼吸する。
肩の上で、いなりの気配がぴたりと寄り添った。
「行くぞ、いなり」
「はい」
俺たちは、七月に入って初めてのダンジョンへ足を踏み入れた。




