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第40話

 週末になって、俺はいなりと一緒にキャンプ地の清掃へ来ていた。

 最近は、山道やキャンプ地の周辺に人が入った形跡がある。

 踏み固められた土。

 折れた小枝。

 草が倒れた跡。

 ゴミは落ちていないし、荒らされているわけでもない。

 たぶん、警察か市役所の人が定期的に確認へ来ているのだろう。

 今日は、キャンプ地の整備を終えた後でダンジョンに入る予定だった。

 身体にはプロテクター。

 左手には盾。

 右手には六尺棒。

 職業は僧侶にした。

 刃物はやっぱり使いづらいが、六尺棒なら僧侶の状態でも問題なく扱える。

 いなりには、前に俺が使っていた鉈を渡した。

 いなりは魔力を纏った状態で、片手の鉈をびゅんびゅん振っている。

 どう見ても問題なさそうだった。

「じゃあ、行くか」

「はい。安全第一で行きましょう」

 俺たちは、黒い入口へ向かう。

     ◇

 ダンジョンの中へ入る。

 背後には、いつもの白い出口。

 俺たちは以前置いた赤いリボンの目印をたどり、第一層の通路を進んだ。

 ほどなくして、土偶が一体現れる。

 ずず……。

 湿った土を引きずるような音を立てながら、こちらへ近づいてきた。

「いなり、狐火を頼む。そのあと、俺が前に出る」

「はい。行きます。《狐火》」

 いなりの詠唱と同時に、俺も魔力を循環させた。

 腹の奥。

 心臓。

 全身。

 腕。

 そして、握った六尺棒へ。

 狐火が土偶の胴体へ着弾する。

 ぼんっ、と火が弾けた。

 土偶の表面に、細いひびが走る。

 その瞬間。

 俺は地面を蹴った。

 以前より、明らかに速い。

 土偶が腕を振り上げるより先に、六尺棒の間合いへ入る。

「っ!」

 魔力を纏ったまま、六尺棒を振り下ろす。

 どかっ!

 大きな音が響いた。

 土偶の胴体が、ひびの入った場所から砕け散る。

 湿った土くれが、床へぼろぼろと崩れ落ちた。

 そして、その中心に小さな光る石が残った。

「あれ? 一撃なのか?」

「あるじ、すごいです。魔力纏い、ちゃんとできていますよ」

 いなりが嬉しそうに尻尾を揺らす。

 俺も、崩れた土偶を見ながら思わず笑ってしまった。

 石を投げて。

 鉈で何度も叩いて。

 やっと倒していた相手だ。

 それが今は、狐火との連携とはいえ一撃で倒せた。

「これが、魔力を纏った状態の力か」

「はい。今までのあるじも強かったです。でも、今はもっと強いです」

「まだ、慣れは必要だけどな」

 俺はしゃがみ込み、土偶が残した小さな魔石を拾い上げた。

 くすんだ茶色の石。

 内側から、淡い光を放っている。

 最初に見つけた時よりも、少しだけ馴染みのあるものに見えた。

 俺は魔石をポーチへしまい、六尺棒を持ち直す。

「次は、狐火と一緒に俺も魔力弾を撃ってみたい」

「分かりました。でも、いっぱい魔力を込めたら駄目です」

「駄目なのか?」

「いっぱい魔力を込めると、指先で爆発するかもしれません」

「結構危険な技術だったんだな」

 前に自室で魔力を噴き上げて倒れたことを思い出す。

 同じ失敗は、もうしたくない。

「まずは入口近くへ戻って、小さい出力で確認しよう」

「はい。その方がいいです」

 俺たちはいったん、白い出口の近くまで戻った。

 俺はダンジョンの岩壁へ向き直る。

 ここの壁は、鉈で叩いても傷一つつかなかった。

 普通の攻撃では傷つかない。

 だから、魔力弾の出力を確かめるには都合がいい。

「こうやって、指先に魔力を集めて……」

 腹の奥。

 心臓。

 腕。

 そして、人差し指の先へ。

「あるじ、それ以上は集めちゃ駄目です」

「え? もう?」

「はい。今くらいで十分です」

「分かった。じゃあ、撃つ」

 指先から、ビー玉ほどの淡い光が飛び出した。

 魔力弾は、目の前の岩壁へまっすぐ飛んでいく。

 どんっ!

 鈍い爆発音が洞窟に響いた。

 一瞬だけ、壁の表面に土煙が広がる。

 けれど、煙が晴れると岩壁は元のままだった。

 ひびもない。

 欠けてもいない。

「壁は壊れないんだな」

「はい。やっぱり、ダンジョンの壁はとても丈夫です」

 俺は自分の指先を見る。

 頭の中にメッセージは出ない。

「魔術師は取れないか」

「壁に当てただけですからね」

 いなりが、少し考えるように言った。

「たぶん、魔力で魔物を攻撃しないと駄目なのだと思います」

「だよな」

 俺は、魔力弾を撃った指先を見る。

 さっきの爆発が、もし自分の手元で起きていたら。

 考えるだけで、少し背筋が寒くなった。

「……いなり様々だな」

「様付けはやめてください。でも、気をつけた方がいいのは本当です」

「まだ、疲れてはいない」

「無理はしないでください」

 いなりは少し厳しい目をした。

「今日は、土偶相手に魔力弾を使うところまでです。それが終わったら帰りましょう」

「まだ元気だぞ」

「元気でも、動けなくなったら死んでしまいます」

 いなりは一歩も譲らない。

「無理は厳禁です」

「分かった、分かった」

「元気だったら、庭で訓練です」

「そうしような」

「はい」

 俺たちは、次の土偶を探した。

 少し進んだ先で、一体の土偶を見つける。

「いなり、狐火を頼む」

「はい。《狐火》」

 狐火が、土偶の胸元へ当たる。

 土の表面に、ひびが走った。

 俺は盾を前に出しながら距離を詰める。

 六尺棒を構える。

 けれど、振り下ろさない。

「今だ」

 右手の指先へ魔力を集める。

 さっき壁打ちで確かめた程度の量だけ。

 魔力弾を放つ。

 淡い光が、狐火でひび割れた土偶の胸元へ吸い込まれた。

 どんっ!

 土偶の内側で、小さな爆発が起きた。

 ひびが一気に広がり、土偶の身体が大きくよろめく。

 その瞬間、頭の中に声が響いた。

【魔術師の心得を取得しました】

【魔術師に転職可能になりました】

「おお……!」

 俺は思わず拳を握る。

「取れた。魔術師の心得と、魔術師!」

「おめでとうございます、あるじ!」

 いなりが嬉しそうに笑った。

 土偶は、まだ崩れきっていない。

 俺は魔力を纏ったまま、六尺棒を突き出した。

「っ!」

 棒の先が、ひび割れた土偶の胴体へ深く突き刺さる。

 土偶はぼろぼろと崩れ、床に小さな魔石を残した。

「連携、成功だな」

「はい。狐火と魔力弾、それから六尺棒。ちゃんと使えています」

 俺は魔石を拾い上げた。

 魔術師への道も。

 神使導師への道も。

 まだ遠い。

 でも、また一歩だけ前へ進めた気がした。

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