第39話
「今度の土日、ダンジョンへ行って、第一層で今のを試してみる」
夕飯の準備をしていた母さんは、少しだけ手を止めた。
たぶん、反射的に止めようとして。
でも、今回は俺もいなりも、ちゃんと相談している。
家で勝手に危ないことをするよりは、ダンジョンで慎重に試した方がいい。
母さんもそう判断したのか、小さく息を吐いた。
「分かったわ。でも、気をつけるのよ」
「はい。無理はしない」
「いなりちゃん、お願いね」
「はい。わたしも、あるじが危険な目に遭わないように見ています」
「いなりさん? いなりさんは保護者じゃないよね?」
「前科があるでしょ」
「あります……」
母さんといなりの連携が強い。
俺に勝ち目はなかった。
その時、母さんが鍋の火を弱めた。
「もうすぐご飯よ。透、いなりちゃんと一緒に手を洗ってきなさい」
「了解」
「はい」
俺は魔力の循環をゆっくり止める。
身体の中を巡っていた温かさが、腹の奥へ戻っていくような感覚があった。
完全に消えたわけではない。
でも、身体の表面を巡っていたものが、静かに沈んでいく。
「……なるほど。止めるのも大事だな」
「はい。出しっぱなしだと、疲れますから」
「覚えておく」
俺といなりは洗面所へ向かった。
魔力を身体に纏う。
その最初の成功。
まだ戦闘で使えるかは分からない。
でも、ようやく一歩進んだ気がした。
ステータスを確認しているうちに、《神使導師》になるための条件が分かった。
正確には、《神使導師》が転職可能欄に表示されていないことが気になって、そこを意識して見つめていたら、条件のような文字が浮かび上がったのだ。
条件は二つ。
テイマーLv30。
神官Lv30。
「……遠いな」
思わず、そうつぶやいたのを覚えている。
しかも、そこへ行くまでにも条件がある。
テイマーになるには、魔術師Lv10と、魔物をテイムしていることが必要らしい。
いなりは、すでにテイムしている。
だから問題は、魔術師だ。
まず魔術師を解放して。
そこからLv10まで上げないといけない。
魔術師の解放条件は、魔力を使った攻撃を魔物に命中させること。
壁に魔力弾を撃つだけでは駄目で、ちゃんと魔物へ当てなければならないらしい。
まあ、シャドーボクシングをしただけで格闘家になれたら、おかしいもんな。
今度の週末、ダンジョンで試してみよう。
神官の条件は、僧侶Lv10と神の加護。
僧侶Lv10は、頑張れば何とかなる気がする。
問題は、神の加護だ。
「神の加護って、何だよ……」
宇迦之御魂神様に「加護ください」とお願いすればいいのだろうか。
いや、さすがにそれは違う気がする。
そんな軽い感じでもらえるものなら、そもそも条件として表示されないだろう。
とりあえずの目標は、こうだ。
魔術師を解放すること。
魔術師と僧侶をLv10まで上げること。
その先で、テイマーと神官へ進むこと。
先は長い。
でも、進むしかない。
いなりの方にも変化があった。
妖狐だったいなりは、宇迦之御魂神様のもとで神使となり、人型になった時の職業が《狐巫女》へ変わっていた。
今は、その狐巫女のレベルを上げている途中だ。
紅い髪。
紅白の狐耳。
ふわふわの尻尾。
小さな巫女服姿のいなりは、見た目だけなら十歳くらいの少女にしか見えない。
ただし、狐火は普通に撃てるし、ダンジョン内では俺よりずっと気配に敏感だ。
魔力を身体に纏うのも、俺よりずっと上手い。
見た目に騙されてはいけない。
……まあ、可愛いのは間違いないけど。




