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第35話

 目が覚めると、俺は布団の上に寝かされていた。

 天井が見える。

 見慣れた、自分の部屋の天井だ。

「……ん」

「透!」

「あるじ!」

 母さんといなりの声が、同時に聞こえた。

 顔を横に向けると、母さんが俺のそばに座っていた。

 いなりは小さな人型のまま、俺の枕元にいる。

 目には涙が浮かんでいた。

「よかった……目を覚ました。もう起きないのかと思ったのよ」

「ん……何が起きたんだ?」

 頭がぼんやりしている。

 身体も少しだるい。

 風邪の時の重さではなく、単純に中身が空っぽになったような感覚だった。

「あるじは、訓練中にいきなり魔力を全力で放出してしまいました」

「全力で放出?」

「はい。身体に纏うのではなく、外へ出したのです。しかも大量に」

 いなりは心配そうに、俺の手を握った。

「それで魔力切れになって、倒れました」

「循環じゃなくて?」

「全然違います!」

 いなりが珍しく、少し強い声で言った。

 よほど心配したらしい。

「わたしが魔力を少し譲ったので、あるじは目を覚ましたのです」

「魔力を譲った?」

「はい。でも、毎回はできません。だから、あるじ。もうあんな出し方は駄目です」

「……ごめん」

 俺が謝ると、いなりは少しだけ唇を尖らせた。

 その隣で、母さんが静かに息を吸った。

「透」

「はい」

 声が低い。

 これは、まずい。

「今は、何が起きたかを確認する前に、言うことがあるわよね?」

「……ごめんなさい」

「危険なことをする時は、必ず連絡する。そう約束したわよね?」

「はい」

「ダンジョンの中じゃないから大丈夫、と思ったの?」

「……ちょっと、思ってました」

「家の中でも危ないものは危ないの」

「はい」

 返す言葉がない。

 まさか、自分の部屋で魔力切れになって倒れるとは思っていなかった。

 でも、思っていなかったでは済まない。

 母さんは俺の額に手を当てた。

 怒っている。

 でも、それ以上に心配しているのが分かった。

「まったく……家でやってくれたのは良かったけど、次からはせめて私の目の届くところでやりなさい」

「はい……」

「それと、いなりちゃんが見ている時だけ。一人では絶対にやらないこと」

「分かりました」

「約束」

「約束します」

 母さんはようやく、小さく息を吐いた。

 それから、俺の頭を軽く撫でる。

「無事でよかった」

「……ごめん」

「本当に、心配したんだから」

「はい」

 叱られるのは当然だった。

 むしろ、これで済んでいるだけありがたい。

 俺は枕元のいなりを見る。

 いなりはまだ少し不安そうな顔で、俺の手を小さな両手で握っていた。

「いなりも、ごめんな」

「わたしも、ちゃんと見ていませんでした。ごめんなさい」

「いなりは悪くないぞ」

「でも、あの金色になるやつは禁止です」

「……イメージの元ネタ、ばれてた?」

「魔力が大量に出ていました。あれは、駄目です」

「はい」

 俺は素直にうなずいた。

 魔力を身体に纏う。

 その第一歩は、どうやら大失敗だった。

 ただ、一つだけ分かったことがある。

 魔力は、イメージで動く。

 けれど、間違ったイメージをすれば、とんでもなく危ない。

 俺は布団の中で、小さく息を吐いた。

 強くなる道は、思った以上に難しそうだった。

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