第34話
六月中、俺の生活は一変した。
平日は学校。
放課後は、できる範囲で勉強と家の手伝い。
そして休日は、キャンプ場周りの整備と鍛錬。
親父が注文してくれたプロテクターや盾、六尺棒などの装備も届いた。
けれど、いなりの言う魔力循環ができるようになるまでは、ダンジョン探索を再開しないことにした。
普通の高校生なら、休日は友達と遊んだり、部活をしたり、家でだらだらしたりするものだと思う。
でも、俺の場合は違う。
朝、裏山へ行く。
草を刈る。
落ち枝を片づける。
キャンプ場の状態を確認する。
ただ、六月に入ってからは、キャンプ場周りや途中の山道に、人が入った形跡が増えていた。
踏み固められた土。
折れた小枝。
草が倒れた跡。
ゴミなどは落ちていないから、誰かが荒らしているわけではなさそうだ。
たぶん、警察か市役所の人が確認に入っているのだろう。
できれば、鉢合わせはしたくない。
いなりのことを隠している以上、余計な接触は避けたいからだ。
キャンプ場の整理が終わると、いったん家へ戻る。
そして、いなりと一緒に鍛錬をする。
◇
自室の床に座り、目を閉じる。
意識するのは、腹の奥だ。
ヒールを使った時、そこから魔力が動いた感覚があった。
腹の奥から、胸へ。
腕へ。
掌へ。
そして、外へ。
それがヒールの流れだ。
ただ、身体に纏う場合は外に出さない。
いなり曰く、魔力は身体の中と表面に回すらしい。
……分かるような、分からないような。
「あるじ、力みすぎです」
目の前に座ったいなりが、俺の手を小さな両手で握りながら見上げてくる。
今日は小さな人型だ。
紅い髪に、紅白の狐耳。
小さな巫女装束。
膝の上で、尻尾がふわふわ揺れている。
「力むなって言われてもな」
「魔力は、ぎゅっと押しても動きませんよ」
「分かってる。分かってるんだけど……」
動かないものは、動かない。
練習を始めて三日目。
俺は毎日、腹の奥にある魔力の塊みたいなものを意識している。
けれど、ヒールを使った時以外、魔力が動く気配はなかった。
スキルを使えば動く。
自分で動かそうとすると動かない。
なんとも、もどかしい。
「もう一回やってみる」
「はい。頑張ってください」
俺は目を閉じた。
腹の奥。
魔力。
身体に回す。
纏う。
纏う。
纏う。
……だめだ。
集中が続かない。
同じことを何度も繰り返しているせいで、意識がふわふわしてくる。
魔力を動かすって何だよ。
お腹の中にある謎エネルギーを、腕に流すとか。
普通に考えて、意味が分からない。
いや、ヒールは使えるんだけど。
でも、あれはスキル任せだし。
もし魔力を自由に動かせるようになったら、回復魔法だけじゃなくて、魔法っぽい攻撃もできたりするんだろうか。
掌に魔力を集めて、ずどん。
光の砲撃。
……いや、何を考えているんだ、俺は。
でも、掌から光を撃ち出すイメージなら分かりやすい。
腹の奥から魔力がすーっと腕へ流れて、掌に集まり――。
「あるじ!」
「え?」
いなりの声で、俺は目を開けた。
「今、魔力が腕に動きました!」
「マジで?」
「はい! その調子です!」
俺は慌てて自分の右腕を見た。
もちろん、見た目には何も変わっていない。
しかし、次の瞬間。
「あ……魔力、なくなっちゃいました」
「なくなったのか!」
思わず声が出た。
でも、今のは確かに変化だった。
魔力が動いた。
俺自身は、ほとんど分からなかった。
けれど、いなりには見えたらしい。
じゃあ、今までと何が違った?
集中ではない。
力でもない。
たぶん、イメージだ。
魔力を使うイメージ。
掌へ集めるイメージ。
それが、魔力を少しだけ動かした。
「なるほど……つまり、魔力を纏うイメージができればいいのか」
「?」
魔力を身体に纏う。
身体の表面に魔力を広げる。
全身を覆う。
全身を包む。
全身に力がみなぎる。
そのイメージ。
魔力を纏って、身体能力が上がるイメージ。
それなら、分かりやすいものがある。
主人公が金色に輝きながら、気合いで変身する、あのアニメだ。
全身から気が吹き上がって。
髪が逆立って。
周囲の空気が震えるやつ。
「うおおおおおおおおお!」
「あるじ!?」
俺は勢いよく叫んだ。
腹の奥から、何かが一気に噴き上がる感覚があった。
来た。
これだ。
魔力が動いている。
全身に――。
「あるじ、それだと魔力を外へ出しています!」
「え」
いなりの叫び声が聞こえた瞬間。
目の前がぐらりと揺れた。
全身から力が抜ける。
あ、これ、まずい。
そう思った時には、もう身体が倒れていた。
「あるじ!? あるじ!」
いなりの声が遠くなる。
「母様! 母様ぁ!」
その声を最後に、俺の意識はぷつりと途切れた。




