第33話
魔力を身体に纏う。
いなりにはできて、俺にはまだできないこと。
もしそれを覚えられたら。
俺はレベルアップの恩恵を、ちゃんと使えるようになるのかもしれない。
「じゃあ、頼む。いなり」
「はい」
いなりは小さな胸を張った。
「魔力を感じるなら、まずは分かりやすいところから始めましょう」
「分かりやすいところ?」
「ヒールです」
「ヒールか」
俺はいなりの前にしゃがみ、右手を差し出した。
怪我をしているわけではない。
でも、僧侶の職業スキルとして回復魔法は使える。
なら、そこに魔力の流れがあるはずだ。
俺は掌を意識しながら、静かに唱えた。
「《ヒール》」
その瞬間。
腹の奥のあたりから、何かがすっと動いた気がした。
それが胸を通り。
腕を通って。
掌へ集まる。
そして、掌から淡い光がこぼれた。
光はいなりの身体を、ふわりと包む。
「あるじのヒールは、気持ちいいです」
いなりが目を細め、尻尾をゆらゆら揺らした。
「ヒールをかける時、お腹のあたりから魔力が掌に移った気がしたんだけど」
「はい。魔力がお腹の奥から動いて、掌からヒールになりました」
「やっぱりか」
俺は自分の右手を見た。
今はもう光っていない。
でも、さっき確かに何かが流れた感覚があった。
「この魔力と、身体に纏う魔力は同じものなんだよな?」
「はい。同じです」
いなりは、俺の掌を見ながら続ける。
「でも、ヒールは魔力を身体の外へ出します」
「外へ出す」
「はい。身体に纏う時は、外へ放さずに、身体の中と表面を巡らせます」
「なるほど……」
分かったような。
まだ、分からないような。
でも、方向性は見えた。
ヒールは、腹の奥から掌へ魔力を集めて、外へ出す。
なら身体に纏う場合は、外へ出さずに全身へ巡らせる。
たぶん、そういうことだ。
「じゃあ今度は、ヒールを唱えずに、同じ魔力を掌まで動かしてみる」
「はい。わたしが見て確認します」
俺は目を閉じた。
腹の奥。
さっき魔力が動いた場所。
そこに意識を向ける。
……何も起きない。
もう一度、さっきの感覚を思い出す。
腹から胸へ。
腕へ。
掌へ。
そう念じてみる。
けれど、魔力が動く気配はなかった。
「……動かないな」
「あるじ。力だけでは、魔力は動かないのです」
「分かってるつもりなんだけどな」
思わず苦笑する。
力むと、余計に分からなくなる。
腹に力を入れればいいわけでもない。
腕を動かせばいいわけでもない。
魔力というものは、俺が思っているより、ずっと感覚的なものらしい。
「ヒールの時は、勝手に動いたんだけどな」
「はい。スキルが道を作ってくれたのです」
「道?」
「たぶん、ヒールのスキルは、魔力が通る道を指定しているのです。だから、あるじが自分で動かし方を知らなくても、魔力は掌まで行けます」
「なるほど……スキル任せだったってことか」
「はい」
いなりの説明は相変わらず感覚的だった。
でも、今のは少し分かる。
ヒールを使う時、俺は魔力の動かし方を知らなくても、スキルが勝手に魔力を掌へ運んでくれる。
けれど、自力で魔力を動かすには、自分でその感覚を掴まないといけない。
「これは、時間がかかりそうだな」
「はい。でも、あるじならできます」
「そう言われると、やるしかないな」
俺がそう言うと、いなりは嬉しそうに笑った。




