第32話
親父が買ってくれた物が届くまで、ダンジョンはお預けになった。
約束だから仕方がない。
届いた六尺棒を持って、俺は家の庭へ出た。
まずは振ってみる。
両手で握り、前へ突き出す。
次に、横へ薙ぐ。
思ったより長い。
間合いは取れそうだが、そのぶん自分の足や庭の植木にぶつけないよう、気をつけないといけない。
「あるじ。せっかく鍛錬するなら、ちゃんと魔力を通した方がいいですよ」
「魔力を通す?」
隣で見ていたいなりが、首をかしげた俺へうなずく。
「あるじは、棒を振る時に魔力を纏っていません。本来の力を出せていないのです」
「いなり、それはどういうことだ?」
「あるじは、レベルが上がっても、あまり強くなった感じがしないのではないですか?」
「言われてみれば、レベルが上がっても強くなった感じはしないな」
職業は増えた。
レベルも上がった。
でも、走るのが急に速くなったとか、重い物を楽に持てるようになったとか。
そういう実感は、ほとんどなかった。
「それは、魔力を身体に纏っていないからです」
「それが原因か?」
「はい。あるじの中には、ちゃんと魔力があります。でも、身体の奥に留まったままです」
いなりは自分の胸元へ手を当ててから、腕や足の方へ指を動かした。
「魔力を身体の中と表面に巡らせれば、力や速さに使えるようになります」
「つまり、レベルアップの恩恵はあるはずだけど、俺はそれを使えてないってことか」
「はい。そうです」
かなり重要な話だった。
レベルが上がれば、自動で強くなる。
俺はどこかで、そう思い込んでいた。
でも実際は違うらしい。
レベルアップで増えた力を使うには、そのための技術が必要なのだ。
「いなりは、魔力が見えるのか?」
「はい。魔力が流れているところは、光って見えます」
「……初耳なんだけど」
「神使になってから、見えるようになったんです」
これはかなり大きな情報だ。
俺の中の魔力も。
いなり自身の魔力も。
そして、どこへ流れているかも見えるなら、練習の手助けをしてもらえる。
「つまり、俺も魔力を身体に纏えるようになれば、レベルアップの恩恵をちゃんと受けられるのか?」
「はい。あるじは、もっと強くなれます」
「マジか」
「はい。マジです」
いなりが、にこやかな笑顔で言った。
俺はいなりの前に、すっと正座した。
さらに、地面に両手をつく。
「いなり様」
「はい?」
「その技を教えてください」
俺は、そのまま土下座した。
「ひゃっ!? あ、あるじ!?」
いなりが慌てた声を上げる。
「教えます! ちゃんと教えるので、それはやめてください!」
「本当か? いなり、いや、いなり様。ありがとう」
「お、お教えしますから、まず様付きをやめてください。尻尾がぞわぞわします」
「分かった。師匠」
「それも、なんだか違うのです!」
「じゃあ、先生」
「もっと違うのです!」
いなりが両手をぶんぶん振る。
俺は顔を上げて、真面目に言った。
「でも、本当に頼む。これができるようになれば、ダンジョンでもっと安全に動けるかもしれない」
いなりはまだ少し困った顔をしていた。
けれど、俺の言葉を聞くと、表情を引き締めた。
「はい。ちゃんとお教えします」
「頼む」
「でも、あるじ」
「何だ?」
「魔力を身体に纏うのは、たぶんすぐにはできないかもしれません」
「やっぱり?」
「はい。わたしは感覚でやっているので、説明するのが難しいです」
「だよな……」
それでも、分かったことは大きい。
いなりには魔力が見える。
そして魔力を身体に纏えば、レベルアップで増えた力を戦いに使えるようになる。
それだけでも、今の俺には十分な収穫だった。
「まずは、あるじの魔力を感じるところからです」
「感じる?」
「はい。あるじの中にも魔力はあります。でも今は、身体の奥にあるだけです」
いなりは、俺の胸のあたりを指差した。
「それを、もっと身体の表面まで……ふわっと広げるのです」
「ふわっと」
「うーん……言葉にするのは難しいですね」
分からん。
分からんが、いなりが一生懸命なのは分かる。
俺は深呼吸をして、目を閉じた。




